血桜鬼
□第4話
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私は屋根に登って夕陽を見る。今日の夕陽は赤々と燃えていて、まるで血のようだと思った。
でもまだ春は遠く夕陽の赤にはそぐわず、寒い。
私は山南さんが気になっていた。腕が治れば山南さんは……
そういえば、いつかしら沖田さんが……
【薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも納得してくれるんじゃないかなあ。】
【総司。……滅多なこと言うもんじゃねぇ。幹部が『新撰組』入りしてどうするんだよ?】
薬って……まさか……山南さんまさかあれを飲んでしまうの?
あれは薬じゃない。人間には毒にしかならない。吸血鬼の血は人間には重すぎる。いつか期限が来てしまう。
……でも、未来から来た者として……歴史は変えてはいけない。
例え、それが間違った選択だとしても。
心を鬼にしてーー
私は夜遅くまで屋根にいた。山南さんが事を起こすなら今夜だろうと踏んだから。
最近夜居ないことが多いから千鶴から問い詰められたりするが……まあ、気にしない。テキトーになんか言えばいいし。
そう思っていると、廊下を誰かが足音を忍んで進む気配がした。
自分の気配を吸血鬼の力で消して屋根から覗くと……
『やっぱり千鶴か……』
千鶴も今日の山南さんと伊東さんの会話を聞いていて、山南さんが気になったに違いないが……
土方さんに見つかったら大目玉だよ?
千鶴とは別に広間に入る気配が一つ。多分山南さんだ。
やっぱり今日あれを飲むつもりなんだ。
割り切ったはずなのに……知り合いでお世話になった人相手だと平成の時代に生きた女の子だからか戸惑いが生まれる。
でも、私は山南さんが何をしようと止めない。そう決めた。
広間に千鶴も行く。
私は千鶴に何かあったらいけないので、吸血鬼の力を使って気配を消して広間の近くから話を伺う。
声を出さない限り分からないだろう。
「まさか君に見つかるとはね。正直予想していませんでしたよ。」
「え……?」
千鶴は驚いた様子。山南さんは全ての悩みが解決したような不思議なくらいに爽やかな笑顔をしていたから。
「さ、山南さん……?」
ふと、彼の手元で何かが揺れた。千鶴は気になった様子だ。
山南さんーーやっぱり飲むんですね……
「……これが気になりますか?これは君の父親である綱道さんが、幕府の密旨を受けて作った【薬】です。」
「え……?父様が幕府に命じられて……?」
「元々、西洋から渡来したものだそうですよ。人間に劇的な変化をもたらす秘薬としてね。」
秘薬じゃない……!汚わらしい……吸血鬼を利用して作られたもの。
「……劇的な変化、ですか?」
「ええ。単純な表現をするのでしたら、主には筋力と自己治癒力の増強でしょうか。」
「……」
「しかし、それには致命的な欠陥がありました。強すぎる薬の効果が人の精神を狂わすに至ったのです。
投薬された人間がどうなるか……。その姿は君もご覧になりましたね?」
「っ……!?」
千鶴は新選組に来る原因になった奴ら。
あれは薬……吸血鬼の力に耐えられなかった人間の成れ果て。
千鶴もそれを思い出したようだ。
「どうやら思い当たられたようですね。……君が出会ったあの隊士達に。
薬を与えられた彼らは理性を失い、血に狂う化け物と成り下がりました。」
「そんな薬どうして……」
「戦場で血が流れるたびに狂っていては、例え強靭な肉体を手に入れようと意味がありません。
綱道さんは【新撰組】と言う実験場でこの【薬】の改良を行っていたのですよ。」
「そんな……!」
千鶴は信じたくないみたいだけど、山南さんは話を続ける。
「しかし残念ながら彼は行方不明となり、【薬】の研究は中断されてしまいました。
……あの人が残した資料を基にして、私なりに手を加えたものが【これ】です。」
山南さんは手元の小瓶を揺らす。
「その原液を可能な限り薄めてあります。」
千鶴は正常に思考が機能していない中、山南さんに質問する。
「それを使えば大丈夫なんですか?その薬なら、狂ったりしないんですか……?」
「正直なところ、まだ分かりません。……誰にも試していないものですから。」
試してもらっちゃ私は困るんだけど。
山南さんは笑みを消した。
「服用すれば私の腕も治ります。【薬】の調合が成功さえしていれば、ね。」
「ーー使うつもりなんですか!?そんなものに頼らなくたって……!」
「こんなものに頼らないと私の腕は治らないんですよ!私は最早、用済みとなった人間です。
平隊士まで陰口を叩いているのは知っています。」
「そんなことありません!皆も優しい山南さんのことが好きです。
なのに自分は用済みだなんて、そんなこと言わないでください……!」
「ーー剣客として死に、ただ生きた屍になれと言うのであれば、人としても死なせてください。」
「そんなっ……!」
駄目だよ千鶴。もう山南さんには言葉は届かないー。
「……どうして君が必死になるんですか?私のことなんて放っておいてください。
成功すれば私の腕も治ります。さして分の悪い賭けではありませんよ。」
「放っておいてって……放っておけるはずないじゃないですか……!
私だけじゃありません。皆だってここにいたら同じことを言うはずです!」
ごめん千鶴ー。皆はともかく私は山南さんを見捨てる。
何を言ってももう無理だし……何より今、もう私は山南さんを見捨てて話を聞いてる。
「……どうですかね。ああ、藤堂君あたりは薬を選んだ私を怒るかもしれませんね……。……では、もしも私が死んだら藤堂君に宜しく伝えて下さい。」
「な、何が宜しくなんですか!そんなこと言われたって、平助君も困るだけです……!」
「ふふ。君のような人にまで同情されるとは新選組総長が聞いて呆れます……。
ーー君にも心配をかけてしまいましたね。」
「!!!」
そこで会話が途切れた。山南さんは今ーー薬を……
山南さんは今人として死んだ。そして今から……私が根絶やしにしようとしている羅刹になった。
私は今から……山南さんを人として見ない。
羅刹を見る私の目は分かりやすく言うと、氷のように冷えた眼差しをする。
山南さんにもこれからそんな目を向けなければならないーー。
そう思うと心が痛むけど、気にしない、気にしないーー。大丈夫だ。
そう言い聞かせた。その時。
ドカッ!!
今の音はー…!?千鶴!?
千鶴が心配になり広間の扉を開ける。