血桜鬼

□閉話3
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慶応二年十二月ー…




私は身支度を整えて、室内なのに白い息を吐いた。






『今日は特別冷え込むなぁ………』






お寺は寒い。しかし、それでも今日は特に寒かった。






『風邪引きそうなくらいだなぁ。私は風邪引かないけど………皆は大丈夫かな?』






そう言った時、寒さを吹き飛ばすような元気な声が響いた。






「妃奈妃奈!おい、起きてるかー!?」




『この声は………』






この寒い日にこんな元気な声出す人物はただ一人しかいない。






『おはよう、平助君。朝から騒いでどうしたの?』




「いやいやいや、すげーんだって!お前も見てみろよ!」




『凄いって何が?
もしかして空からおたまじゃくしが降ってきたとか?』




「(おたまじゃくし?)………そんな怪奇現象じゃねえけどさ、とにかく外に出てみろって!」






平助君に促されて私は障子を開ける。




吹き抜ける冷たい風に目を閉じていると






「ほら、妃奈。………綺麗だろ?」






目を開けると…………そこには一面雪景色になった庭が広がっていた。






『綺麗…………』




「な、すっげーだろ!?昨日寝た時は降ってなかったのに!」




『夜から朝の短時間でこんなに積もるなんて………』






見慣れた庭が別世界のようにも感じる。




ふと見ればその雪景色の中に見慣れた人達が立っている。






『あ、原田さんに永倉さん。おはようございます。』




「お、来たか。妃奈。どうだ?意外と積もったもんだろ。」




「そのせいで今日はさみーさみー。犬も庭を駆け回る寒さ、ってとこだな。」






永倉さんは意味深な視線を犬の尻尾のような髪をした平助君に向けながら言った。




平助君が犬………柴犬かなぁ?



私はどうでもいいことを考えていた。






「そりゃ寒いに決まってるじゃん。新八っつぁんは年中半裸みたいなもんだし!」




「半裸だろうが全裸だろうが大丈夫だろ。
新八はなんつーか………風邪引かない系だからな。」




「見てるだけで寒いよなー。せめてなんか一枚羽織ってくれば?」




「馬っ鹿お前、寒いからってこの肉体美を隠すなんざ罰が当たんぞ!?
それに左之だって似たようなもんじゃねえか!な、そう思うよな、妃奈ちゃん!?」




『とりあえず三人共なんか羽織ってきて。見てるだけで寒い。』






永倉さんも原田さんも平助君も薄着で夏のような格好をしている。




現代でこんな薄着した大人いたら餓鬼かって呆れるわぁ。今も呆れてるが。






『一晩でこんなに積もるなんて凄いですよね。』




「だよな。こんだけ雪が降ったんだから、遊びたいと思わねぇ?」




『雪だるまや雪ウサギでも作るの?』




「おいおい妃奈ちゃん、馬鹿言っちゃいけねぇな。
そんな軟弱な遊び俺らに似合う訳ねぇだろ?」




「軟弱かどうかはともかく、新八が雪ウサギなんて可愛らしいもん作ってたら笑い死にするね俺は。」




『じゃあ何するの?』




「そんなの決まってんじゃん。」






そう言うと三人は足元の雪をすくって固めて雪玉を作ってみせた。






『雪合戦?』




「ご名答!実はもう組も分けてあるんだ。妃奈、お前は俺と一緒な!」




「相方が平助じゃ頼りないだろうが、くじの結果だ。運が悪かったと思ってくれ。」




「んなことないって!俺がいる限りこいつには絶対当てさせないし!よっし、任せとけ妃奈、しっかり守ってやるからな!」




『ありがとう。私も平助君を守るね!』






そして、雪合戦は始まったのだけどー…






「っらぁ!」






雪玉は物凄い勢いで脇をかすめる。






『な、なんでたかが雪合戦でそんなに本気なんですか!?永倉さん!?』






私も負けじと雪玉を作るけど、原田さんと永倉さんはその上をいく。
私が一個作る間に向こうからは五つも六つも飛んでくる。




………平助君に全部向けて。




すると、平助君の顔面向けて永倉さんの豪速球が向かって来る。




私は平助君を庇うために前に出て、平助君に向かって来た雪玉を回し蹴りで砕いた。






『平助君大丈夫?』




「だ、大丈夫じゃねーけど大丈夫だ………。つーか新八っつぁん!左之さん!なんで俺ばっか攻撃すんだよ!?」




「あ?なんだよ平助。じゃあもう一人を狙えって言うのか?」




「そーかそーか。妃奈ちゃん、俺らを恨むなよ?薄情な平助を恨め。」




「そ、そんなの駄目に決まってんだろ!」




『私は平気だよ。気を遣わなくても………』




「俺の心情的に駄目なんだよ!
………よし、こーなりゃ左之さんも新八っつぁんもどんどん俺に投げて来い!
そんなへなちょこ球、当たっても痛ーー」





ドゴッ!






「いて!いって!?石!石入ってんだろ!?」




「人聞きの悪いこと言うなって。ま、確かに新八の馬鹿力で握ると、石とたいして変わらないけどな。」






雪玉の雨の中、私は当てられないけど、平助君に向かって来る球は何個か回し蹴りで砕いていた。






「すげーな、妃奈。蹴りで飛んでくる雪玉を砕くなんて。」




『いい年こいた大人が手加減無しで雪合戦してるくせに。』




「ははは……」






平助君は反撃を諦め、長いつららを刀のように構えて飛来する雪玉を叩き落としている。
私は回し蹴りで雪玉を砕いている。




最早雪合戦じゃない。






「ち。意外としぶといじゃねえか二人共!」




「ま、ここまでお前らもよく頑張ったよ。………だが平助、これで終わりだ。」




「へっどこ投げてんだよ二人共!全然大外れだし!」






二人が投げた雪玉は平助君には当たらず、背にしてる大木にー…




大木?




ヤバい!






『平助君危ない!』






私は地面を一蹴りして木の下にいる平助君を飛び蹴りで突き飛ばす。




平助君にかかるはずだった大量の雪が私にかかった。




原田さんと永倉さんもまさか私がかかると思わなかったからか呆然としている。






「妃奈、妃奈ーっ!?」






それから平助君は私の敵をとるだとかでまだ雪合戦を続けようとしたけど、そこに現れたのは鬼のような顔をした土方さん。




永倉さん達が投げた流れ玉は屯所の襖に次から次へと穴を開けてしまったらしい。二人はそのままこってり絞られることになって雪合戦はお開きになった。




一方、頭から雪を被ってしまった私は全身ずぶ濡れ状態。




幸い火鉢を出してあったので部屋で髪の毛を乾かしていた。






『放っといたら乾くって言ってるのに。』




「駄目だ駄目だ!風邪引いたらどうすんだよ!」






平助君が責任を感じてか、私の髪の毛の水分を拭ってくれてる。




なんか気持ちいいなぁ………






「はぁ………それにしてもさっきの俺、すげー情けなかった。」




『え?』




「お前に最初から最後まで守ってもらってさ。」




『いや、私こそ雪玉防ぎはしたけど、攻撃はできなかったから今度は攻撃できるようにしなくちゃ。』




「そうだな。………できたら次に雪合戦する時も同じ組でやろうな!」




『うん、また今度ね。』




「………うん、そうだな。また今度な。」






平助君は歯切れの悪い返事を返し、目を逸らした。




どうしたんだろ?






「………なあ、妃奈。」




『何?』




「ーーもし仮にさ、自分の中に譲れない信念があって………自分の信じる道を生きたいとする。
でも、もしその道を貫くために障害となる相手を排除する必要があるとしたら、お前ならどうする?」






唐突だなぁ。これは正直に答えた方がいいかな。






『障害になるから、意見が違うから【排除】するなんて考えは間違ってる………』




「………」




『ってこの世界来る前の私はそう言ったって思う。』




「この世界来る前………?」




『新選組に置かせてもらって理解してきた。皆譲れないものがあるから戦っている。
勿論、私も。それは向こうも同じ。
良い悪いじゃなく、決して相容れない相手もいるし。』




「……そうだな。誰とでも簡単に分かり合えるなら俺達が戦い続ける必要もないだろうしな。」




『信じる道を生きるのが侍でしょ?だから道を貫くために戦うのはおかしいことじゃない。』




「………そっか。やっぱお前に話して良かったよ。俺さ、自分が正しいと思うものが全てを賭けるに足るものか悩んでたんだ。
………そしてきっと今でもまだ悩んでる。」






火鉢に一度だけ視線を落とし、髪の毛を拭う手を止めた。






「でも、お前のお陰で吹っ切れた。俺は一人の侍として道を貫こうと思う。」




『平助君………?』






迷いながら、内包しながらも前を見る笑顔を私は凄く綺麗だと思った。




平助君の言葉の意味を知るのは数ヶ月後のことー…





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