血桜鬼

□第8話
4ページ/5ページ

「はい。………ご立派でした、沖田総司さん。本当にあなたには感謝の言葉もありません。」






そして酷薄な笑みを浮かべる。






「………まんまと俺の思惑に乗ってくれて、ね。」




『がっ!?』






そう言うと薫は私のお腹に刀を突き刺した。
お腹からは私の血が溢れかえる。






「妃奈ちゃん!?薫さん、なんでっやめてぇ!」




「妃奈……ちゃん……!……っ……!?」






沖田さんは限界だったのか、糸が切れたように崩れ落ちる。
千鶴が辛うじて抱き止めた。






「沖田さん!?しっかり、しっかりしてください!なんであんな……!」






沖田さんの髪はいつもの茶髪に戻っていく。






『げほっ………』






一方私はまだお腹に刀が刺さったままで、口から血を吐いていた。






『か……おる、あんたねぇ……!』




「再生させはしないよ。」




『っ……!』






薫は私がこれくらいのことで死なないことを知っているみたいだった。






「千鶴。………兄である俺が何故、お前が大事に想う沖田に変若水を与えるか分かるかい?」




『薫………やめて……!』




「………全然分かってないみたいだね、お前。兄さんはお前の親しい人間にだからこそ、変若水を渡したんだよ。
く………あはははは!」




「薫さん………!?」






ああ……千鶴の顔が怒りに満ちてる。
私は千鶴にそんな顔をさせたくなかったのに………






「何が………、何がおかしいんです!」




「おかしいんじゃない、嬉しいんだよ。
俺と違って恵まれた環境で育てられた妹に、そんなに苦しんでもらえて嬉しいんだよ!」






千鶴の顔は今度は怒りではなく、恐怖に満ちていた。
薫の顔を痛みでうまく動かない身体を動かして見た。
その顔は心地良さげな笑みを浮かべながら、羅刹以上の狂気をはらんだ目をしていた。






「俺が引き取られた南雲家は、子を産ませる女鬼が欲しかったらしくてね。
双子の兄妹でハズレを引いて大激怒さ。
俺はどんなに虐げられても仕方ないよね。
何をされても子供を産めやしない男なんて、所詮【価値が無い】んだ。
ま、そんなこと言ってくれた奴らはとっくに全員地獄に落ちたけど……」






そこに込められた怨讐に千鶴と私は思わず身を縮ませた。
この子は何なの………?






「俺と妹は同じ顔をして同じ血を継いだのに、たかが性別の違いで俺ばかり冷遇されたのは………誰のせいだと思う?」






千鶴は恐怖に満ちた顔で自分の顔を触って確かめていた。
自分と同じ顔をした人がいて、自分もあんな顔になることがあるのかと思うと確かめたくもなるだろう。






「自分の顔をした人間が笑うのがムカつくか?
………俺だってそうさ。お前の幸せな顔がムカついてしょうがなかった。
その幸せな顔が崩れた時ーー沖田が出来損ないの鬼になった瞬間の表情を俺の顔で再現してあげたいくらいだけど……
さすがの俺にも難しいかなあ、あれ。
わざわざ親しい人間を狙った甲斐あって、想像してたよりずっと可愛い顔だったから!」




『薫!やめて!千鶴を……これ以上苦しめないでっ!』






薫は私のお腹に刺してる刀をグリッと横に動かした。






『うああああっ!!』




「邪魔しないでくれるかな?」




「妃奈ちゃんっ!?薫さん………!?」






すると、薫はクスクスと笑い……






「俺が怖い?でも、こんなものは序の口だよ。」






そう言うと薫は私のお腹に刺さったままだった刀を抜いた。
私はお腹をかき乱された痛みに耐えきれず、畳に倒れる。




薫は闇に消える時、最後に残した表情は初めて会った時のような優しい微笑をしていたが、それはもうあの時の彼ではない。






「雪村千鶴。
兄さんは君の不幸せをいつでも願ってるよ。
……なんてね。あははははははは!!」




「………っ………!!」






そう言って薫は姿を消した。




私は泣きじゃくる千鶴に畳に這いつくばりながら近付く。






「………沖田さんっ………!!」




『ち、千鶴………』




「妃奈ちゃん………!?大丈夫……!?」






千鶴は沖田さんを寝かせて私に駆け寄ってくれた。






『千鶴………大丈夫よ。私が、薫からあなたを守ってみせるからー…』






私は痛みが走る身体に鞭を打って膝を立てて立ち上がり、千鶴を抱きしめた。




千鶴は震えていた。






「だって………私のせいで、沖田さんがっ………!妃奈にも痛い思いをっ………!」




『私なら大丈夫よ。お姉さんは強いんだから。』




「お……お姉さん?」




『私、千鶴のことを本当の妹のように見てきた。だから、千鶴も私を本当のお姉さんのように頼って欲しいな。』




「妃奈ちゃん………」






これは本当。そしてこれから言うことも。




私は千鶴を抱きしめる腕に力を込めた。






『私はー…千鶴の幸せを願ってる。』




「っ………!」






千鶴は大粒の涙を流した。




千鶴は何も悪くない。






『千鶴、大好きよ。』




「妃奈ちゃん………!あ、ありがとう……!」






千鶴が安心してくれて良かったけど、私は痛みでそろそろ限界だった。






『千鶴……ごめん、もう限界……。私、寝るね。』




「えっ!?妃奈ちゃん!?妃奈ちゃん!」






ここで私の意識は途切れたー…




この油小路の変では新選組と御陵衛士の間に鬼が同行する薩摩の介入があり、薩摩の罠にはまり、戦場は乱戦になった。
その最中、平助君が瀕死の重症を負わされてしまい、生き延びるために羅刹になってしまった。
もう一つ、風間千景による屯所襲撃で沖田さんも不利な戦況に羅刹として戦う道を選んでしまった。




私の一族が生み出してしまったあの【薬】が新選組を蝕んでいく事実に私は悲しく、非力だと思った。


慶応三年十二月ー…
油小路の変からまだ一ヶ月も経ってない。
斎藤さん、平助君は新選組に帰ってきてくれたけど、新選組は元には戻らなかった。
今、新選組は暗く張り詰めた空気に包まれている。
屯所が襲われた際に死んだ隊士は多い。怪我を負った人はもっと多い。




平助君は平隊士にも助からない怪我を負ったのは見られているので、表向き死んだことになって、【羅刹隊】の一員になった。




斎藤さんは一般の隊士から陰口を叩かれているため、ほとぼりが冷めるまで屯所を離れることになった。
今は、紀州藩の公用人、三浦休太郎を警護するために天満屋に滞在している。




油小路の変は色んな意味で苦しい戦いだった。




私はあの後、丸二日寝込んでいたらしい。
疲れがたたったのだろう。ちなみにお腹の傷は綺麗に塞がっていた。
私は千鶴がなんとなく心配だったので、千鶴の部屋に向かっていた。




すると、千鶴の切羽詰まった声が聞こえた。






「さ、山南さんっ………!」




「怖がらなくていいのですよ。ほんの少し、血を分けてもらえるだけでいいのです。」






血………血ですって!?まさか!
私は千鶴の部屋の襖を勢いよく開けた。
そこには恐怖に怯える千鶴とその千鶴に刀を向ける山南さんの姿があった。






『千鶴、大丈夫!?』




「妃奈ちゃんっ!」






私は抱きついてきた千鶴を受け止め、山南さんを睨む。






『山南さんどういうことですか?』




「邪魔をするんですか?ならば、君から血を分けていただきましょうか?」




『っ………!?あなた……!!』




「………何やってんだ、山南さん?」




『土方さん!?』






すると、土方さんが入ってきて私達を庇うように刀に手を添えて立ち塞がる。






「君まで邪魔をするんですか?これは、我々新選組にとって大きな一歩になるかもしれないんですよ?」




「………もう一度聞く。何やってんだ、山南さん?」




「隊のために。羅刹の狂気を抑える方法を探っているんですよ。」




「そのためにこいつらを斬るってのか?」




「殺しはしませんよ。血を分けていただくだけです。
………多くの羅刹を失いました。羅刹ではない一般の隊士も、同じく。
今いる羅刹やこれから増やす羅刹をより有効に活用するには狂気を抑える術を見出だしておくことが必要不可欠です。
そして、羅刹を活用しなければ今後の戦いは新選組にとってますます厳しいものとなる。
私のしていることは全て新選組のため。聡明な土方君にはお分かりいただけるでしょう?
それでもなお、彼女達には一滴の血も流させないと……守ってみせるつもりですか?」




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ