血桜鬼

□第10話
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「……いやはや、心配かけてすまなかったな。」






近藤さんが暫くぶりに皆の元に姿を見せた。






「戦場に出られないというものがここまでもどかしいものだとは思わなかった。
敵が攻め入ってきたら怪我を押してでも戦おうと思ってたんだが……、まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。
……さて、我々の今後の行動についてだが、まずは甲府に向かい、そこで新政府軍を迎え撃つこととなった。
御公儀からは既に大砲二門、銃器、そして軍用金を頂戴している!
ここは是非とも手柄を立てねばな! 諸君。」






近藤さんは目を輝かせながら作戦についての説明を始めた。
今回の任務に当たって、近藤さんは若年寄格、土方さんは寄合席格という身分を頂いたらしい。


しかし、永倉さんや原田さんの表情は浮かない。
理由は……






「……なぁ、近藤さん。その甲府を守れって話を持ってきたのはどこの誰だ?」


「勝安房守殿だが……、それがどうかしたのか?」


「勝って人の噂は俺も何度か耳にしたことがあるが……、はっきり言ってあんまりいい評判を聞かねえぜ。
何でも、大の戦嫌いで有名らしい。そんな人が何で俺達に大砲やら軍資金を気前良く出してくれるんだ?」


「……そもそも徳川の殿様自体が新政府軍に従う気満々らしいしな。
勝なんとかさんも同じ意向なんじゃねえのか。」






二人の言葉に近藤さんは顔をしかめた。
そして腕組みし、胸を反らせながら言い放つ。






「永倉君、原田君、これは幕府直々の命令なんだぞ。
確かに戦況が芳しくない為、今は慶喜公も恭順なさっているがーー
もし我々が甲府城を守りきれば幕府側に勝算ありと見て、戦に本腰を入れて下さるかも知れん。
それに、勝てる勝てないの問題ではない。御上が我々を甲府を守るに足る部隊だと認めてくれているんだぞ。
ならば全力で応えるのが武士の本懐というものだろう。そうじゃないかね、永倉君。」


「……その言い方やめてくれねえか。
俺は新選組の組長ではあるが、あんたの家来になったつもりはねえんだからな。」






永倉さんの言葉に近藤さんは顔をしかめる。






『やれやれ……』






険悪な空気が流れ始めた頃、原田さんが斎藤さんに話を振る。






「……斎藤、お前はどう思ってるんだ?」


「俺は局長と副長の意見に従う。」






その言葉で皆の視線は土方さんに集まった。






「……とりあえず、新政府軍との戦いに備えて隊士を増やそう。
甲府城を押さえたら幕府からも増援が来る筈だ。
さらに、勝安房守殿の評判についてだが……、いくら戦嫌いであるとはいえ、避けられねえ局面があるってことくらいは分かってる筈だぜ。
何せ、この戦で幕府が負けちまえば幕臣は全員食い扶持を無くしちまうんだからな。そこで俺達を負かしゃしねえだろ。」


「……ま、確かにそれも一理あるけどよ。」






土方さんに言われると永倉さんもそれ以上反論できないらしい。






「では我々は甲府の山に先回りし、夜襲の準備をしておいた方がいいですかね。」


『羅刹隊は今回は出動させない。待機してもらいます。』


「……それは何故です? しかも土方君ではなく何故君が口出しするのですか?」


『今日からは私が土方さんに代わり、羅刹隊の管理、指示をすることになったんです。』






そう、羅刹隊をより近く監視する為に、土方さんの気苦労を少しでも軽くする為に、羅刹隊の監視、管理、指示は私がすることに決めた。


土方さんを説得するのは骨が折れたけどね。






『理由は、幕府の増援が来た時、あなた達のことはどう説明するのですか?』


「それに甲府城には、他の兵士達も多く詰めてるからな。存在を公にしちまったら隠密部隊の意味がねえだろ?」


「ですが……」


「まだ戦は始まったばかりなんだしそんなに功を焦る必要はねえって、山南さん。」






そう言った後、平助君は私と土方さんに目配せする。


そう、これは実は事前に平助君と山南さんを納得させる為に話し合いの段取りをつけていた。


だから山南さんは引いてくれたみたいだ。






「よし、それでは解散!
出立まで間があるから皆体調を整えておいてくれ!」






その後、幹部の皆は各々の部屋に戻り部下達に合議で決まった内容を伝えた。
勿論私も。


一方土方さんは部屋の中でおびただしい数の書類や地図とにらめっこしている。


私は報告を終えてまた土方さんの近くに行く。






『土方さん。千が羅刹隊が辻斬りしてるって言ってましたよね? 私も毎晩血だらけになりながら止めようとしてましたが……
私は辻斬りは山南さんの仕業じゃないかと考えてます。』


「ああ、俺もだ。今んとこ、羅刹隊は貴重な戦力だ。
血を得る為に江戸の人間を斬って回るなんて真似を許す訳にゃいかねえ。」


『それに鳥羽伏見の時は敵が銀の弾丸を使ってたせいで羅刹隊は役に立ちませんでしたしね。
……私も食らったら治るのは普通よりは格段に早いですが、一晩は必ずかかりますし……
羅刹なら普通並みの人間の治癒速度だから撃ちどころが悪かったら助からない。』


「ああ。切り抜ける方法が見つかるまで山南さんには留守番しててもらおう。」


『平助君は見張り……嫌な役押し付けちゃったな。』






山南さんの相手なんて私は御免だ。






「後は再起の為の武器調達もしてもらわなきゃならねえ。
……多分、次も苦しい戦いになる。本当なら女のお前を連れてく訳にゃいかねえんだが……」


『風間が来るかもしれない、しかし羅刹隊と一緒に行かせる訳にはいかない……でしょう?
それに私を抜いたらかなりの戦力が減りますよ。
……危険くらい百も承知ですよ。』


「必ず俺の指示に従えよ。……いいな。」


『了解、副長。』






私は土方さんに微笑んだ。


少しでも安心して欲しくて。


こうしてこの日の夜は更けたー…




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