血桜鬼
□第10話
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「……副長、お知らせしたいことが。」
先行していた斎藤さんがこちらに引き返してきた。
「何だ? どうかしたか。」
斎藤さんは軽く息を呑んだ後、真剣な面持ちで答えた。
「どうやら、甲府城には既に敵が入っているようです。」
「ーー何だって!?」
土方さんは慌てて背後にいる隊士に命じる。
「伝令だ! すぐに局長を呼んで来てくれ!」
土方さんの伝令を受け、近藤さんが漸く本隊に合流した。
だけど甲府城が既に敵の手に渡ってしまっているという情報は新入りの隊士達を激しく動揺させてしまい、当初は三百人程だった隊士の半分以上が脱走し、百人程になってしまった。
永倉さんや原田さんは撤退するべきだと主張したけれど、近藤さんはあくまでも徹底抗戦するつもりらしく、聞かなかった。
「……とりあえず俺は江戸に駐屯してる増援部隊を呼んで来る。
ここで負け戦をする訳にはいかねえ。
隊士にはこの後援軍が到着するって伝えておいてくれ。……これ以上脱走されちゃ敵わねえ。」
「……御意。」
『了解。』
私と斎藤さんは隊士の元に行って、今の土方さんの伝言を伝えた。
戻ってきた私に土方さんは言う。
「ここは戦場になる。先頭に出るな、安全な場所にいろ。いいな?」
『……なら私は近藤さんを護衛します。』
「……はぁ、お前は安全な場所にいろって言っても聞かねえんだから…」
『何とでも。……でも、後で近藤さんから離れますけど。』
「何故だ?」
土方さんは露骨に顔をしかめている。
『沖田さんを迎えに行きます。』
「……そうか。
近藤局長の護衛役を命じる。常に局長に付き従い、その役に立て。
そして沖田総司の迎えを命じる。
ーーただし条件がある。絶対に死ぬな。」
『……了解。』
「……なるべく早く戻るつもりだが、俺が帰ってくる前に何かあったら斎藤と一緒に近藤さんを逃がせ。
勿論お前が盾になる必要はねえ。一緒に逃げて来い。
……絶対に死ぬんじゃねえぞ。」
『分かってますよ。』
すると土方さんは太刀を鞘から少しだけ抜いた。
「……おい、お前、その太刀を持て。」
『はい……?』
私は言われるままに太刀を出し抜いた。
土方さんも自分の太刀をーー、和泉守兼定をむき出しになった刃の峰同士をぶつける。
金属がぶつかる音が心地よく響いた。
「……金打を打つ、といってな、武士が誓いを立てる時はこうするもんなんだと。」
『そうなんですか、知りませんでした…』
「最も、俺もお前も正式には武士じゃねえから所詮真似事だがな。
……これは証だ。俺は必ず戻って来る。お前も生き延びて俺に会うっていう証を、今立てたんだ。
……だから信じて待っていろ。死なずにな。」
『……はい!!』
武士に憧れ続けた彼にはこの儀式は何よりも神聖なものの筈だ。
私も交わした約束は守ってみせなきゃ!
ーーーーーー
その後、甲陽鎮撫隊はじりじりと敵に包囲され始めた。
近藤さんはあくまでも幕臣として甲府城周辺を守ってるだけだと証明したけれど、この間入ったばかりの馬鹿隊士が勝手に【新選組だ】と名乗りを上げ、敵方に発泡してしまった。
これがきっかけで戦闘が始まってしまった。
しかし、相手の主力は洋式化された土佐藩の部隊。
幕府から貰った銃や大砲では敵には弾が届かず、一方的にこちらが攻撃されることになってしまった。
近藤さんもやむなく撤退命令を下し、じりじり後退することにした。しかし……
『近藤さん、撤退しましょう!』
「し、しかし、隊士達がまだ戦っているというのに我々だけ逃げる訳には……!」
『しかしここにいつまでもいたら近藤さんは狙われ、死んでしまいます!
ここは負けてしまっても、近藤さんさえ無事なら土方さんがまた立て直せると言ってました!』
「……」
近藤さんは痛ましい眼差しで山道に折り重なって倒れる隊士達と、劣勢に置かれる自軍を見つめていた。
唇を強く噛みしめ、涙ぐみながらまだ戦っている隊士達のいる方向に深々と頭を下げた。
先行していた斎藤さんがちょうどよく戻ってきた。
私達は撤退を始めた。