血桜鬼

□第18話
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美しくも優しい風景が広がっていた。
桜の淡い花弁が風に散らされ空を舞う。別世界に迷い込んだかのような現実感の薄い幻想的な景色……


まるで夢を見ているかのようだ。


夜、血の気配を薄める春の香りに包まれて、私達はひっそりと身を休めていた。






『……』






土方さんの負った傷はあまりにも深く、なかなか治る気配はない。
やはり羅刹の力が減じているのだろうか。


彼の寿命は尽きようとしているのではないか。


不安ばかりが浮かび私は桜を見上げる。






「お前には桜が似合うな。」


『えっ……そうですか? 私は土方さんこそ似合うと思いますよ?』






土方さんが桜吹雪に埋もれていても私はきっと違和感を持たないと思う。


美しいままで散り行く桜はまるで衰えを嫌っているかのよう。
理想とする【武士】の姿を追い続けて、命まで賭した彼の生き様によく似ている。






『あの京の都で初めて会った時、舞う雪を背にして現れた土方さんは……まるで季節外れの桜のようでした。』






生き延びよう。


土方さんと一緒にこの戦争を乗り越えよう。


幾多の時間が残されているかわからない。だけど未来に帰るまでの限りある時間をこの人と生き延びよう。


弱気になるな。私は自らの決意を固め直した。
私は土方さんに穏やかな笑みを向けた。






『土方さん、また一緒に桜を見ましょうね。』


「……」






私の言葉に土方さんはただ笑みを浮かべるだけだった。


その時、桜の平原を強い風が吹き抜けていく。
吹き上げられた桜がはらはらと舞い降りた。


そしてー…


いつの間にかそこには彼ーー風間千景が立っていた。






「ーー生きていたのだな。」






風間は土方さんを真っ直ぐに見つめ、心の底から愉快そうな笑みを浮かべている。






『風間……土方さんと決着をつけに……?』






風間は皮肉げに笑う。






「ああ。全ての決着をつけに来ただけだ。俺の誇りに懸けて、この禍根を消し去る。」






私がまだ雪村の里にいた時に彼は再戦すると言っていた。


だから土方さんと戦う為に彼は蝦夷まで来たのだろう。


ーーはぐれ鬼になってまで。






「よくぞ北端の地までたどり着いたものだな。ただの紛い物が、東方の戦火を潜り抜けたか。」


『風間……』






私は正直驚いた。


風間が皮肉げだったけど、土方さんを評価したからだ。
人間も羅刹も見下しきっていた風間が、土方さんが辿ってきた道の厳しさを認めている。


成長したんだな……






「……まさか本当に蝦夷まで来るとはな。俺が死んでいたらとんだ無駄足じゃねえか。」


『でも土方さんは今……』






すると土方さんが私を軽く制した。






「全て投げ打って挑んでくる奴がいるなら、【誠】の武士としては応えるべきだろう?」


『……』






……はぐれ鬼になってまで自分の誇りを守ろうとしている。


土方さんの志と風間の誇りは決して重ならないものだけど、土方さんと風間に共通点があるとすれば、その信念の為に命を懸けられることだろう。






「俺は、俺が信じたものの為に戦う。……生きる為に必ず勝ってみせる。」


『……わかりました。必ず、勝ってくださいね?』


「当たり前だ。」






私は土方さんの意思を尊重して一歩下がった。


信じてる。必ず勝つって。


私達のやり取りを見ていた風間は唇をあざけるような笑みの形に歪ませた。






「【生きる為に】、か……。力を使えば使う程寿命を縮める羅刹等所詮紛い物だ……純血の鬼とは格が違う……」






風間は手のひらを空に向けて、舞い踊る桜の花弁を指先で撫でた。






「貴様らは散り行く定めにある。生き急ぐ様はまるで桜のようだ……」


「……生き急いでる訳じゃねえよ。ただ必要とされるものが多かっただけだ。」






土方さんは刀身を鞘から引き抜いて構えた。






「新選組が理想とする武士の道は険しいんでな。」






淡々とした口振りで語る土方さんは唇の端に小さな笑みさえ浮かべている。


風間も土方さんに続いて刀身を鞘から引き抜いて構えた。






「フン……」






私はそんな風間を見る土方さんの背中を見ていた。


そして……






「でやぁああああ!!」






土方さんは風間に向かって走り出した。




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