main(long love story)

□double espresso.5
5ページ/28ページ


「お待たせしました、トラファルガー先生」

恭しく名前を呼んで、リモコンとティッシュしかないテーブルの上に、肉じゃがの大皿を置いた。

ワカメと玉ねぎのお味噌汁。
アジの開き。
オイルサーディンの缶詰で味付けした、インゲンとマッシュルームのソテー。
生ハムと舞茸のルッコラサラダ。
それから、チンしたご飯。

すべて30分で、ローの前に出した。我ながらなかなかの好タイムだと思う。

一人暮らしは長い分、電子レンジを使って効率重視の料理は当たり前。肉じゃがの味付けは、甘さ控えめにしてみた。


料理を見つめ、少しだけ驚いているロー。

「食べよ、お互いお腹ペコペコでしょ」


なんだか、非常におかしな展開。

出会いは合コンで、仕事のピンチを助けてもらって、一夜限りの関係を結んで。終わりかと思ったら、守ってもらって、慰めてもらって、今日から共同生活ーーーーそして今は、彼に料理を出している。


マンションを早急に見つけて、できるだけ早く出ようとは思っているものの、一緒に暮らすなんて急展開すぎる。



「…ご馳走様」

料理を完食したローは、ソファーの上に腰掛けてスマホを取り出す。
私はソファーの前に座ったまま、振り返る。

「消してくれるの?」
「…ああ。まさかマナが料理を作れるとは、……完全に想定外だった」
「ロー。あなた、とっても失礼」

どうやら味は合格?
ホッとしながらも、私は何時もの調子で言葉を返してしまう。

「ところで、例の企画は進んだのか」
「……」

私の反論を見事にスルーして話題を変えてきた。
これ以上怒っても無意味と感じて、私はルックブックを持ってくる。
その中に挟んだ紙を広げて、私もローのそばに腰掛ける。

「服は持ってきた中でやりくりする予定で、スタイリングも考えてるよ。こっちもね」

その紙を手渡すと、ローは黙って目線を走らせた。

書いてあるのは、土曜に練った婚活着回し企画のストーリー。

出版社に務めるOLが、気になる小説家Aと仕事を通じて仲良くなり、最終日に「結婚前提に付き合って欲しい」というプロポーズを受ける、という設定で纏めた。

【上司に頼まれて、Aさんへの手土産を買いに表参道へ。2時間並んだ美味しいスイーツ、喜んでくれるかな?】

【長期休みは友人とハワイへ。旅行計画を立てていたら、パソコンの手が止まっちゃった!】

【Aさんに誘われた、ジムでのランニングデート♡休日カジュアルは、ニュアンスカラーでまとめて】

いかにもアフターファイブを楽しんでいるOLで作ってみたストーリー。

1ヶ月ぶんのコメントを読み切ったローは、テーブルに紙を置いて私を見た。


「お前、スイーツの為に2時間並ぶタイプじゃないだろ」

「そうだけど…」

「仕事中に旅行計画で手が止まるほど、乙女でもないよな」

「そうだけど……」


どこまでも遠慮無く、失礼な言葉を浴びせられるが、事実だけに反論できない。

甘いものは好きだけど、2時間待つのは面倒だし、仕事中は男並に集中するタイプ。ついでに言えば、ジムデートも全く興味が無い。休日くらいはしっかり体を休めたい。


「でもさ。雑誌の着回し企画なんだから、ありきたりでも書かなくちゃダメじゃん」

「マナの要素ゼロのまま、紙面に出るつもりなのか」

「おかしい?」

「普通すぎて、負けると思う」


ーーー何を言うか、この男。
忙しいなりに、時間をかけて絞り出したコメントなのに。

自信作を否定されて、ローに言葉を返す。

「普通、着回し企画って、可愛いOLのリア充ライフとセットでしょう?」

「マナのありのままの生活で勝負した方が面白いだろ」

「ありのままって…」



ライバルのメゾンアンナだって、きっと王道パターンで企画を進めてくる筈。
だったら、こちらも王道で攻めるしかないんじゃない?



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ