main(long love story)
□double espresso.5
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「お待たせしました、トラファルガー先生」
恭しく名前を呼んで、リモコンとティッシュしかないテーブルの上に、肉じゃがの大皿を置いた。
ワカメと玉ねぎのお味噌汁。
アジの開き。
オイルサーディンの缶詰で味付けした、インゲンとマッシュルームのソテー。
生ハムと舞茸のルッコラサラダ。
それから、チンしたご飯。
すべて30分で、ローの前に出した。我ながらなかなかの好タイムだと思う。
一人暮らしは長い分、電子レンジを使って効率重視の料理は当たり前。肉じゃがの味付けは、甘さ控えめにしてみた。
料理を見つめ、少しだけ驚いているロー。
「食べよ、お互いお腹ペコペコでしょ」
なんだか、非常におかしな展開。
出会いは合コンで、仕事のピンチを助けてもらって、一夜限りの関係を結んで。終わりかと思ったら、守ってもらって、慰めてもらって、今日から共同生活ーーーーそして今は、彼に料理を出している。
マンションを早急に見つけて、できるだけ早く出ようとは思っているものの、一緒に暮らすなんて急展開すぎる。
「…ご馳走様」
料理を完食したローは、ソファーの上に腰掛けてスマホを取り出す。
私はソファーの前に座ったまま、振り返る。
「消してくれるの?」
「…ああ。まさかマナが料理を作れるとは、……完全に想定外だった」
「ロー。あなた、とっても失礼」
どうやら味は合格?
ホッとしながらも、私は何時もの調子で言葉を返してしまう。
「ところで、例の企画は進んだのか」
「……」
私の反論を見事にスルーして話題を変えてきた。
これ以上怒っても無意味と感じて、私はルックブックを持ってくる。
その中に挟んだ紙を広げて、私もローのそばに腰掛ける。
「服は持ってきた中でやりくりする予定で、スタイリングも考えてるよ。こっちもね」
その紙を手渡すと、ローは黙って目線を走らせた。
書いてあるのは、土曜に練った婚活着回し企画のストーリー。
出版社に務めるOLが、気になる小説家Aと仕事を通じて仲良くなり、最終日に「結婚前提に付き合って欲しい」というプロポーズを受ける、という設定で纏めた。
【上司に頼まれて、Aさんへの手土産を買いに表参道へ。2時間並んだ美味しいスイーツ、喜んでくれるかな?】
【長期休みは友人とハワイへ。旅行計画を立てていたら、パソコンの手が止まっちゃった!】
【Aさんに誘われた、ジムでのランニングデート♡休日カジュアルは、ニュアンスカラーでまとめて】
いかにもアフターファイブを楽しんでいるOLで作ってみたストーリー。
1ヶ月ぶんのコメントを読み切ったローは、テーブルに紙を置いて私を見た。
「お前、スイーツの為に2時間並ぶタイプじゃないだろ」
「そうだけど…」
「仕事中に旅行計画で手が止まるほど、乙女でもないよな」
「そうだけど……」
どこまでも遠慮無く、失礼な言葉を浴びせられるが、事実だけに反論できない。
甘いものは好きだけど、2時間待つのは面倒だし、仕事中は男並に集中するタイプ。ついでに言えば、ジムデートも全く興味が無い。休日くらいはしっかり体を休めたい。
「でもさ。雑誌の着回し企画なんだから、ありきたりでも書かなくちゃダメじゃん」
「マナの要素ゼロのまま、紙面に出るつもりなのか」
「おかしい?」
「普通すぎて、負けると思う」
ーーー何を言うか、この男。
忙しいなりに、時間をかけて絞り出したコメントなのに。
自信作を否定されて、ローに言葉を返す。
「普通、着回し企画って、可愛いOLのリア充ライフとセットでしょう?」
「マナのありのままの生活で勝負した方が面白いだろ」
「ありのままって…」
ライバルのメゾンアンナだって、きっと王道パターンで企画を進めてくる筈。
だったら、こちらも王道で攻めるしかないんじゃない?
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