main(long love story)
□double espresso.4
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月曜日。
『なお犯人は現在逃走中でありーーーー、目黒警察は引き続き警戒を強めております。』
「怖い世の中になったわねー」
「てか目黒区の現場って、マナのマンションの辺りじゃない」
「え!ちょっと大丈夫なの?」
会社の近くの割烹料理屋で、私はいつもの女子会メンバー、ロビン、ナミ、ビビと土曜日のファッションショーのお疲れ様会を開いていた。
ちょうどカウンター近くのTVで自宅付近での映像が流れて、キャスターが神妙な面持ちで通り魔事件の文章を読み上げていた。
「あ、大丈夫。うちオートロックでカードキーのマンションだから」
そう言いながら、心配する友人たちの前で4杯目のビールを飲み干した。月曜日の夜から、私の肝臓は大変元気である。
土曜日のファッションショーの後、ナミは長いことアプローチを受けていたサンジとついに結ばれたらしい。
「それよりさ、サンジくんは一体どんな告白をしてくれたのよ」
私が話題を変えた途端、ナミは勢い良く指差して
「その前にマナ、あんたの話の方が問題よ!」
と叫んだ。
「うっ…」
ノジコからの情報が早速、入ってしまったのだろう。
私は咄嗟に大将にビールのおかわりをお願いする。
「あのローってやつと、まだ切れてないらしいじゃない」
ナミの一言に私の笑顔が引き攣る。
「前の女子会で話題に出た彼ね?」
「あぁ、マナのナイトね。確かオールブルーの来店名簿にも載ってたわね…これ、その人の?」
コツン。
長い指でロビンに首の後ろを指さされる。
「ぎゃぁぁぁ、こ、これは!なんでもないのっ。なんて言うか、流れで… !!」
今日一日、髪を降ろしていたからばれていないと思っていたのだが、ロビンは誤魔化せなかった。
「髪型だけじゃなくて、雰囲気も変わったから何かあったんじゃないかと思って見てたの。…そろそろ、全部教えてくれたっていいんじゃない?」
結局、ロビンの優しくも逃げ場のない追求に根負けして、バーグレー事件からの全ての流れを話してしまった。
「いや、私は次こそ何かあるんじゃないかと思ってたけど。…マナ、彼のこと好きなんでしょ?」
ビビは興奮気味に私を見る。
「好き、になっちゃったけど…。ナミから聞いた話を思い出したら、もうこのままフェードアウトが一番傷つかなくていい気がする。ちょうど明日、元カレとも会うしさ」
「私としては、リョウコの件を聞いてるから、正直マナには傷付いて欲しくはないんだけど…」
渋い顔をするナミに、ロビンも冷静に返す。
「でもナミ、偶然とはいえ誕生日や仕事の要所要所でタイミングが重なったら、…心が動く流れだと思わない?」
そうなのだ。
ローはよくも悪くもタイミングが絶妙すぎる。
ピンチの時も、嬉しい時も。
その上、自覚があるのかないのか、アメとムチを織り交ぜてくる男。
「そう、ずるいんだよ。思い出だけ残して、次の約束もないんだよ?」
私は昨日消化しきれなかった思いを全部消化するかの様に追加のビールに口をつける。
「お互い連絡先はわかるんでしょ」
「うん」
「マナから連絡してみたらいいじゃない」
「無理。てゆーか私から連絡したら、負けじゃん」
なだめる様に言うビビに、むくれて言葉を返してしまう。
恋愛は好きになったもん負け、みたいなところがあると思う。
それでもやっぱり、ずっと失敗続きの恋愛だったからこれ以上は傷付きたくないのだ。
「でも、会った瞬間、身体が震えたの」
ちら、と彼女に目線を合わせれば、彼女は眉毛を少し落として笑う。
「マナはもっと素直になればいいと思うよ」
「うーん………」
「ま、元カレに会って、うまく行けばそれもまた縁じゃない。じっくり天秤にかけて決めたらいいんじゃない?それまで、ローと夜に逢うのはやめてランチデートにしなさいよ」
「う、うーん………」
ナミのように器用に天秤にかける余裕、実はないのだけど。
明日は、数年ぶりに元カレコウタと会う。
私の初めての人。
辛い時に何度も支えてくれて、私を愛してくれて、一度プロポーズしてくれた、彼。
自分の仕事のために提案を受け入れられなかった過去を思い出し、また胸が苦しくなってしまった。
イタリアに料理人として修行へ行く彼を信じられず、日本に残ったこと。
その見送りにすら行けなかったこと。
思い出す程に、明日は一体どんな顔をして行けばいいのか、わからなくなった。
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