main(long love story)
□double espresso.9
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「キッドのバカッ!何でコウタ君の前で傷口に塩を塗るような事を言うのよっ!」
スイートルームの7707室。
私の取った部屋には、ビビとキッドがいる。
「いやァ、偶然もあるもんだな。コーザの横にいる男が、まさかマナの元カレとは知らず」
悪びれる様子もなく、淡々と「知らなかったから」と話す彼。
キレるビビはなかなか怖いのに、シレッとしている。若い頃にヤンチャしていただけの事はある。
「あのね、マナもコウタくんも別れたばかりだけど、私達新郎新婦の友人代表スピーチだってお願いしちゃってるんだからね。式前にこんなに気まずくなったら、大変じゃないの!」
「気まずくたって良いじゃねぇか。別れた男女に友情もクソもないだろ。一度セックスした男女が綺麗さっぱり過去を水に流して、これからは友達で仲良くしましょうなんて、逆に気持ち悪りィよ。…マナがローを選んだのは事実な訳だし。それは相手だって分かるだろ」
彼は自論をハッキリと述べて、そのまま腕時計に目線を落とす。
「つーか、遅刻だからもう行くわ。悪かったな、マナ」
「はい、お仕事頑張って」
もう過ぎてしまった事はどうにもできない。私は半分ヤケになって、キッドに手を振った。
閉まる扉に手向かってプリプリしていたビビだったが、やがて振り返って私を抱きしめる。
「ーーーそんな平気そうな顔して。わかるんだからね」
何があったか話して、と言うビビ。
「…なんでその時、彼女って言わなかったの」
一部始終を話してから、ビビはあきれ顔でベッドにダイブする。
「や、そこで言ったら。…なんか、嫌な女じゃん。少なくとも私はローの手紙を勝手に開けて、彼女の気持ちに気付いてたんだもん」
「嫌な女だろうが何だろうが、近づいてきたライバルをスルーして取られたら最悪じゃない」
「そうだけど…」
「案の定、ちょっかい出されてんじゃない」
ビビの言う通り、現場を見てしまったのだ。
でも。
「でも、普通にお似合いだった。だから何処かで、あ、やっぱりーーーーこういう展開ねって」
重なり合うあの美男美女を見て、何の違和感も持たなかった。
ローをあの場で問い詰める事もしなかった。
「マナ…」
「こうやって、ネフェルタリ・ホテルに迷いなく直行出来たのも。…心の中で準備してしてたからだよ」
まっ白くて綺麗な顔にシワを寄せて、準備?とクビを傾げる。
ーーーー幸せな時ほど、不幸の準備をしてしまうのは何故だろう。
「悲しみよこんにちは、って。何か本であったよね」
ふと大学で触れた作品の題名が頭によぎる。
仕事でリスクヘッジを取るのは日常茶飯事だが、まさか恋愛にも応用できるとは。
悲しい気持ちは確かにあるのに、何故だか今回の事をやたら俯瞰している自分もいて。
私は悲しそうな顔をするビビに、少しだけ笑った。
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