main(long love story)

□double espresso.10
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「じゃんじゃん飲んでよね。今日は私の奢りなんだから」

キッドの正面。
いつものシートに腰掛けた私に、遠慮なく飲めと言うのはラミ。


ーーーー普通、逆じゃないか?

私がキョトン顏のままラミを凝視すれば、すかさずキッドが言葉を挟む。


「ラミ、スゲェな。副社長に奢りか」

「うん」

いつも頼むコスモポリタンを作りながら、キッドはラミに白い歯を見せる。
数年ぶりの再会で、彼に「可愛くなったな」と褒められて、ラミはすっかり上機嫌である。

「ちょっと待って、おかしくない?私がラミにあげたお給料で、私にお酒を奢るわけ?」

「うん」

「初任給は、もっと別な使い道があるじゃないの」

社会人の初任給は、今までお世話になった家族にプレゼントするのが鉄板である。
彼女の場合なら、まず初めにローやくれは先生にあげるのが正解だろう。


「ラミが頑張って稼いだお金なんだから、私に使う事ないよ」

ここは私が出すと言えば、

「マナにご馳走したいから、いつも通うここがいいってリクエストしたんだよ」

とキッパリ。

歳下に奢られた事なんて皆無である。私が返事に窮していると、目の前に鮮やかなコスモポリタンが置かれる。


「素直にラミに奢ってもらえ」


諭すようにキッドに促され、ゆっくりと手を伸ばす。

私がグラスを持つと、ラミもカシスオレンジを手に取り、近づける。


「…今日は特別なの。マナへのお礼の気持ちと、誓いを込めて」

「誓い?」


ウフフと笑うラミは、キッドも乾杯の輪に入るように促した。

「何だ何だ」

「…?」

私達が乾杯を前に彼女を覗き込めば、大きく息を吸って。




「私、アメリカで手術することにしました!全部終わったら、社会に出る事をここに誓います!!」


言い切って、カチンとグラスを当てれば彼女はそれを一人飲み始めた。


「…おぉ!流石だな、偉いぞラミ」


豪快に笑ってキッドもビールを飲み干す。

出遅れたのは完全に私だった。


「…本当に?」


思いもよらなかった彼女の誓いに、両肩に手を伸ばし、もう一度聞いてしまう。

「本当だよ」

「本当に???」

「うん、決めたの。私は」



グラスにかかるオレンジをつかみ、ニッコリと笑う彼女。
何処か吹っ切れたような表情だから、おそらく心は定まっているようだった。


「偉いっ!偉いよっっ」


思い切りハグしてから頭を思い切り撫でれば、


「ぎゃっ!…髪がっ」


急に顔を真っ赤にして席を立つ。


「あら、ゴメンゴメン」

「お化粧室、行ってくる〜」

「出て右ね」

「ん、」

口を尖らせてプリプリと席を立つラミ。多分、自分的にベストな髪型じゃないとキッドの前にいられないのだろう。

カウンターに座ってからは、何でもない風を装っているが、女心はこういう時に嫌でも働いてしまうらしい。





「…やるじゃん、これでトラファルガー兄妹制覇だな」

「制覇って!」

ゲームをクリアしたかのような言い方に、思わず吹き出してしまう。

制覇と言えば、まだ出来ていない。

肝心の仲直り。


「まだミッションコンプリートじゃ無いわよ」

コスモポリタンを含む。

うん、乾いた喉に気持ちいい。



「…まさか、お前まだスイートに泊まってんのかよ」

「まぁね」

イベントが成功して、ラミもアメリカに行く決心をして、結果オーライはすぐそこにある。

家に戻る勇気も出るかと思ったけれど、やはりローの放置は変わらず不安は増すばかり。
モネさんとどうこうなる事は無いにしても、彼自身の気持ちが私から離れてしまう事は十分にあり得る。

その後大丈夫かというコウタからの連絡もあったけれど、「大丈夫ではない」と返信仕掛けたこともあった。

ただ、彼に逃げた所で苦しみは変わらないし、何がどうなる訳でもないので、そこは「大丈夫」と伝えざるを得なかった。






コウタと鉢合わせたキッドには、その後の顛末を簡潔に話した。

「…言っておくけど、悪いのはローだよ?」

「…男からしたら面倒な話題でしかないな。過去の話だろ?そこでマナがGSPしたら電話を切りたくもなるぜ」

「GSPって何」

「知らないのか?ギャースカピーの略。常識だぞ」

「知らないわ。目の前でキスの現場なんかみたら、心中穏やかにいられるわけないでしょう」


ラミが入り口を潜り、こちらに向かってくる。

「まぁ、その場のノリだよ。わかるだろ」

「わかんない。全然わかんない」

私が激しく否定すれば、

「何の話?」

前髪を1番ベストな状態に戻してきたラミ。

彼女には、こういう話で心配はかけたくなかった。


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