orion

□In Shingapore
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「うぉわー!すげー!!」

「やーばいね、たっけぇー」




開け放った窓から見える景色が目の前いっぱいに広がる。


立ちならぶビル群を眼下に見下ろした。東京にも似た景色はあるけど、やっぱりどこか違うように見える。




「あっ!伊野ちゃん見てよこれ!!」




部屋の中を探索していた大ちゃんが大きな声を出して俺を呼ぶ。ベランダから室内に戻ってもその姿はない。



「どこー?」

「こっちー!」



どこだよ(笑)

声のしたほうに吸い寄せられたらそこは浴室で。


でも俺が想像してたものとは全然違った。





「えー!!」

「な!?すげーだろ!?」



まるで自分のものみたいに誇らしげな顔をする大ちゃん。その後ろにはさっき一緒に見た高層ビルの景色。




「すげー…」


外へと繋がるガラス戸の向こうに黒いタイルの浴槽。その中のお湯が真っ青な空とビルを反射して揺らしていた。




「これ向こうから見えねぇのかな。」

「こっちのビルのが高いから見えないんじゃない?」

「そっかーすげぇなー。この部屋取るの大変だったんじゃない?」

「そうでもないよ?早くから予約してたし」

「そっか。ありがとな、いのちゃん」

「うん、どーいたしまして」





にかっと太陽みたいな笑顔で笑う大ちゃん。どきどきと胸が鳴ってるのが聞こえるんじゃないかって本気で心配しちゃうよ。




「…慧、」

「っえ?」

「一緒に入っちゃおっか!」




突然呼ばれた下の名前にびっくりして、危うく聞き逃すところだった。



かろうじて、うん、と返事した声が少し、掠れていた。














「ぅあー…すっげ〜…」



ちゃぷちゃぷと波打つお湯がふちを乗り越えて溝へと吸い込まれていく。


お湯から出た肩が風に触れて少し寒く感じる。




「なんかさ、俺らセレブって感じじゃね?(笑)」

「その発言がセレブっぽくないよ(笑)」

「そっか〜」



あはは、と笑った大ちゃんが浴槽の中で足を揺らめかせる。俺はえらでもついてるみたいにばしゃばしゃと泳いでみせた。




「うわっ!やめろよっ(笑)」

「あ、ごめん、かかっちゃった?」

「かけてんだろー!」



弾けるような笑顔で俺のほうにぐわっと腕を伸ばしてきて。




「いてててっ」

「こんにゃろ〜」



頭を両の拳でぐりぐりされる。よっぽど楽しいんだろうな、いつもよりテンションが高い。

そう言う俺も相当浮かれてるから大ちゃんのこと言えないや。




「あっ、大ちゃん、写真撮ろっ」

「おー!いいね、撮ろ撮ろ!」

「えっと…タイマーってどうやんだっけ」

「貸して、えっと……ぁ、これだ、」

「おっけー、じゃあ置くよー?……っはい!」



タイルの上に立てかけるようにして置いたスマホ。液晶の中に俺と大ちゃんが映る。

白い雲が立ち込める空とビル群を背景にポーズを決めた。ふわふわと風に髪が揺れる。



パシャッ





「撮れた〜」

「どれどれ?…おおーいい感じ!」

「どういう状況だよって感じだよね(笑)」

「確かに(笑)」



あはは、と笑ってスマホの電源を落とした。



「きもちぃ〜〜」

「ね。癒される〜」




ひた、とタイルの上に腕を組んで景色を眺めてたらすぐ隣で同じ体勢になった大ちゃん。



「慧、」

「うん?…っん、」




大ちゃんのほうへ顔を向けた直後、濡れた唇がぶつかった。




そのまま何事もなかったみたいに離れてく温度。




「っ…びっ……くりした、」

「ふふ(笑)目ぇ点になってたね、伊野ちゃん」




けらけら笑う大ちゃんがなぜか大人に見える。いつからそんな目で俺を見るようになったの?




「大ちゃん、」

「んー?」


やり返してやろう、と沸々湧いて出たイタズラ心に火がついて。


相変わらず足をふわふわさせてる大ちゃんの腕を掴んで引き寄せて、ちゅっと口づけた。



目の前には綺麗すぎるほどの景色があるっていうのに、今俺の目に映ってるのは大ちゃんの長い睫毛。



「……ん…。」





ふるっ…と濡れたそれが震えて、ゆっくりと瞼が開かれる。瞳の中に俺が映った。





大ちゃんの目には確かな欲望の火が灯っていた。
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