orion
□水中花火
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あぁ。
今日も。体が重い。
明るみ始めた窓の隙間からまぶしい朝日が差し込んでいた。
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【たとえ僕らの行く先が】
side: ryosuke
「あ、涼介起きたのね。」
忙しなくキッチンで動く母さんがフライパンを片手に声をあげた。
「おはよ…、」
「はい、おはよう」
まだ眠いと重くなる瞼を擦りながら食卓についた。香ばしいパンのにおい。
朝は食欲ないって言ってるのに。毎日律儀に用意されるそれ。
「だめよー食べなきゃ。スタミナつけないと」
「……ん、」
「今日は?部活してくるの?」
「んー、」
「じゃあ帰り遅いわね。ばんごはんは?」
「……ん、食べる」
「そう。なにか食べたいものある?リクエストは?」
「んー……ぁんでも。いいよ。」
「またそれー?それが一番困るのよねー」
キッチンの奥から卵を焼く音と一緒に、母さんの矢継ぎ早なテンポの速い喋り方。
いつも楽し気な雰囲気だけど、ときどき、
本当にときどき。
尋問されてる気分になる。
バターがたっぷり塗られた食パンを3/4ほど食べて、牛乳で流し込む。
壁の時計は残り時間を20分と告げていた。
「はい、お弁当ね。」
「ん、ありがと。」
ズシリと重い青の巾着を受け取りながら手早く制服に着替えていく。
「、っ…」
でも、カーディガンに袖を通したときふわりと香った香りに、胸が締め付けられた。
反射的に思い浮かぶ声。あの笑顔。袖も裾も俺よりデカくて余ってしまう。
洗濯物を干し終えた母さんが見えて、慌ててブレザーを羽織る。だけど、母さんは目ざとく俺の姿を見てひくりと顔を引き攣らせた。
「…涼介。」
「……いってきます、」
「涼介、待ちなさいッ!!」
母さんの叫ぶような金切り声。
後ろの窓は恐ろしいほどの青。
「そのカーディガン脱ぎなさい。新しいの出してきてあげるから」
「…ぃ、いいよ。あったかいから。」
「そんなボロボロのもの着て行ったら友達に笑われるわよ?いいから脱ぎなさい」
「っ…脱ぎたくない。もう時間だから、行くね」
「涼介ッ…!」
逃げるように玄関に向かう。ローファーに足を突っ込んだところで後ろから腕を掴まれた。
強く握れば折れてしまいそうな腕。見下ろした母さんの髪には何本か白髪が混じっていた。
「いい加減にしなさい…ッ!!何度言えば分かるの!?!?毎日毎日、私がどれだけ…ッ」
「っっ…俺もう行くから!!」
「自分でなにをしてるか分かってるの!?裕翔は、あなたたちはッ…」
聞きたくない。
そう思って掴まれた腕を振り払ったらドン、と腰が床にぶつかる鈍い音。
それでも外に飛び出して走り出す寸前に聞こえた金切り声。
「あなたたちは兄弟なのよ…!?!?」
「っ___」
走る度背負ったスポーツバッグが責めるように腰に当たる。
ぎりぎりと骨が軋むような重み。
ブレザーから出たカーディガンの袖ごと肩ひもを掴んで引っ張り上げる。
耳にこびりついたあの声を振り切るように、駅までの道を走った。