orion

□君は少しも悪くない
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「なーこのあとどっか行かね?」




そう言った光の声でみんなが顔をあげた。




「いいよー」

「わーいヒカのおごり〜」

「ばか、ちげぇよ(笑)」

「あー俺このあとまだ仕事だわ」

「えー薮来ないの?」

「んー終わってから行こっかな、」

「何時ごろおわんの?」




わいわいと話し合うみんなをよそに、ポケットの中のスマホがヴーと震えた。



誰かなんて見なくても分かる。

今日は“お相手”の日だから。




仕事だとか言い訳するのも今日は面倒で、そそくさと準備して楽屋を出るつもりだった。



けど。





「な、山田も行こうぜ!光のおごりだってさ!」




大ちゃんの明るい声が飛んできた。



「だーかーら!違うっつってんだろっ」



両の八重歯を見せて笑いながら大ちゃんのおへそにパンチを入れてる光。

大ちゃんはそれをかいくぐるようにして俺のもとに駆け寄ってきた。




「っはーもう。…ほら、山田も行くだろ?」

「ぁー………俺は…いいや」

「なんで?仕事?」

「ん。まだ残ってて。」

「ふぅん。そっか。じゃあ仕方ないか。終わってから来る?」

「いや…今日は、いいや。」



とてもじゃないけど、終わったあとにみんなの顔とか見れない。そもそもそんな元気、あるわけないし。



いつも泥のように眠って、気付いたら朝だ。





「そか。じゃあーまた明日な!」

「おう。お疲れ。」



屈託のない笑みが晒されて。


なんとなく、目をそらす。






ちょっと自分が汚れてるような気がしてたまらなくなった。








楽屋を出て、専用のエレベーターに乗る。



最上階のボタンを押して冷たい壁にもたれかかった。パネルの数字が音もなくどんどん上がっていく。



途中から外の景色を映し出して、東京のビル群がどんどん遠ざかる。





チン…と冷たい音と共に最上階に止まった。さっきまでいたテレビ局と同じ場所とは思えない、ホテルみたいなほの暗い照明とインテリア。




奥まで進めば「PRIVATE」のプレートがかかる大きな扉がある。



ドクン、と心臓が跳ねた気がしたけど、構わず目の前の扉をノックした。







_________
_____











「あれ?これ山田の台本じゃね?」



楽屋を出る直前、雄也がテーブルに置かれたままの台本を指さした。


今日ここを出るまで山田が読んでたものだ。




「あぁ、ほんとだ。」

「これ明日収録って言ってなかったっけ?

「え、まじか。届けなきゃだめじゃん」

「マネージャーに連絡する?」

「えーもう出たんじゃない?」

「俺電話してみるわ」

「大貴、さっき涼介なんて言ってたの?」





えーっと、たしか…




「まだ仕事残ってるって言ってたかな…。」

「えーどうしよう」

「俺届けに行こうか。仕事終わんの待ってるよ」

「まじで?」




っていうか山田の仕事ってなんなんだ?


そうこうしてる間にマネージャーに電話をかけ終わった薮がこっちに向きなおる。




「山田、テレビ局出てないって。迎えはいらないって帰したっぽいよ」

「じゃあまだここにいるんだな」

「なんか、ここのなんだっけ、プロデューサー?に呼ばれてるってさ」

「なんじゃそりゃ。どこ届けに行けばいいんだろ」

「上の階、確かここのオフィスになってない?」



わいわい言い合ってる間にも刻々と時間は過ぎて、明日も早いメンバーもいたから俺を残してみんなは先にテレビ局を出た。





俺はというとしばらく楽屋に残ってたけど、廊下の電気も消され始めて、いよいよそこにもいられなくなっちゃった。




「どうしよっかな…」




俺が持って帰って明日の朝イチで渡してもいいんだけど…




『いや…今日は、いいや。』


そう言った山田の顔がなんか暗かった気がして、なぜか頭から離れない。




どこか諦めたような、思いつめたようなそんな顔。

また、なんかためこんでんのかなあいつ。







「(行ってみるか。)」




分厚い台本を片手にとりあえずエレベーターに乗り込んで、ほとんどあてずっぽうで最上階のボタンを押した。






ぐんぐんのぼっていくのに比例して、窓の外の景色が小さくなっていく。


たどり着いた階は明らかにVIPって感じで、雰囲気がまるで違う。

引き返しそうになる足をなんとか前に進めて、奥の部屋へと進んでいった。






「すいませー…ん」



呟いた声が誰にも拾われないまま空気に溶けてしまう。


とうとう一番奥の部屋まで来てしまった。



「PRIVATE」って綺麗な文字でかかれたプレートがかかってる。

さすがにここは入れないよな……。もしお偉いさんとかいたらやばそうだし。



諦めて引き返そうと背を向けたとき、中から一瞬聞こえた“声”にドクン、と心臓が跳ねた。





「……ッんぁ…っ!あ、ぁ…っ」

「____!」




足が地面に縫い付けられたみたいに動けない。耳だけが敏感になって、冷や汗がどっと噴き出た。




「は、は…っぁ、うぁ…あ…!」



また零れた声に今度こそ思考が働く。これ、ぜったい、やばい。



少し鼻にかかったような声がドア越しに聞こえる。

声や息遣いからして中でなにが行われてるかは明白で、一刻も早く逃げ出したくなった。




誰が好き好んで他人の声なんか、ともと来た道を走ろうとしたとき、



もうひとつ聞こえた声に、なにもかも吹っ飛んだ。




正確には、声じゃない。
声が呼んだ、名前に、だ。







「はぁ……山田くん…。」







「…っ!?」


くん?


さん、じゃなくて?




ぞわぞわと立ってられないほどの寒気が足元からあがってくる。


まさか、違うよな?






ドアの前で棒立ちになってそこから一歩も動けない。




でももう一度聞こえたその声に、疑念が確信に変わった。




「ンッ…ぁ、や…っそれや、です、んぁあ…ッ」







「____っ!!!」



山田の、声だ。






気付いた途端、力が抜けて、手に握りしめていた台本がバシャ、と派手な音と一緒に床に落ちる。



それと同時に中の声もピタリとやんで。






俺は震える手で台本を拾って逃げるようにその場から去った。





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