orion
□片恋
2ページ/6ページ
「あ、山ちゃん、」
ゆうてぃの声がその名前を呼ぶたび、無意識に涼介を見ちゃう。
涼介はぱっと顔をあげて、目をきらりと輝かせてゆうてぃを見る。
そんな顔したらすぐばれちゃうよ、って最初の頃はヒヤヒヤしてたのを覚えてる。
ゆうてぃ、あの涼介が好きだって言ってるんだよ。気づいてあげてよ。
心の中で何度そう念じたことか。
でも僕のそんなかわいい願い事にゆうてぃは気付くはずもなく。
「ね、山ちゃんもでしょ?」
「うん。そだね、」
「だよね!そうだと思った」
涼介の目に屈託のない裕翔の笑顔が映る。ほんのり赤く色づいた涼介の頬。
恋してる、顔だよ、ゆうてぃ。
なんで気づかないの?
それとも気付いててもそんななの?
「ゆうてぃ、」
咄嗟に呼んでしまった僕の声にゆうてぃはもちろん、涼介も振り返る。
「知念、呼んだ?」
「ぁ、うn_____」
ppipipipipi.....
返そうとした声が軽快な音楽でかき消された。さっと表情を固めた涼介。
「あ、ごめん俺だ。」
言ってゆうてぃはポケットの中のスマホをするりと持ち上げて、液晶をタップしてすぐ耳へとあてた。
僕たちの間を抜けて楽屋を出る。扉が閉まる直前で聞こえた言葉。
「もしもし?あぁ、__ちゃん、」
「……っ、」
あぁ、まただ。
しかもこないだとは違う名前。
そう思ったときにはもう遅くて。
涼介の耳はしっかり、その名前を拾っていた。
いたたまれなくて、でも僕には涼介を気遣う言葉とかそういうのが全然浮かばない。
いつも。
「……りょうすけ…、」
「…ふー…ゆうてぃは忙しいな!」
「そ…、だね、」
なにかを吐き出すみたいに深く息を吐いた涼介。ソファにばふっと座る姿はいつもと変わらないように見えた。
「…ね、涼介。」
「んー?」
「さっきの、」
「……うん、」
頭の中に浮かんだ言葉をどう操っても、涼介を傷つけそうな気がした。
だけど、実際に口を開いたのは涼介のほう。
「ゆうてぃは、優しいからなー」
「…、…うん、」
「自分のこと好きって言ってくれる人にあんまひどくできねーんだよ、きっと」
「……そだね。」
本当はみんな知ってる。
ゆうてぃが何人もの女優やモデルさんと連絡をとってること。
新しい名前を聞く度、会う約束を取り付けてること。
ケータイにかかってくる電話やメールの主がいつも違うこと。
「ねぇ涼介…」
「ん?」
「涼介も知ってるだろうけど…ゆうてぃ女の人と「やめろ、」
聞きたくない、と睨まれたけど怯んでなんかいられない。
「っ…はっきり言うけど、ゆうてぃはやめたほうがいいよ」
「知念、聞こえなかったの?やめろって」
「毎晩裕翔がいろんな人連れて歩いてるの知ってるでしょ?なんで気づいてないフリするの?」
「…るさい…」
「裕翔も裕翔だよ、涼介の気持ちとっくに知ってるくせに見せつけるみたいに片っ端から声かけて、」
「…知念…いい加減にしろ。いくらお前でも怒るぞ」
言い出したら止まらなかった。
頭とは全然別になった口が勝手に言葉を出してしまう。
これだけは言っちゃだめだ、今までそう思ってたのに。よりによって一番だめな言葉を選んだ。
「裕翔は涼介のこと傷つけて面白がっ___」
ガタッ
「ッやめろっつってんだろ…!!!」
勢いよく胸倉が掴まれて一気に熱が冷めた。
目の前の涼介の顔が今にも泣きだしそうで、溢れ出した罪悪感に息が苦しくなる。
「……っ…。」
「分かってるから…。言わなくていい」
僕のシャツを掴んでいた手から力が抜けて、ぺたりと胸元に置かれた体温。
あぁもう、なんでこうなるんだろ。
ただ、救ってあげたいのに。
「……ごめん」
「俺も、ごめん。痛かったよな」
僕を甘やかすいつもの声。
胸の上の指が手当するみたいに皺になった部分を撫でる。
しばらくして音もなく離れた。
もっと甘えてくれたっていいのに。
「…俺、馬鹿だなー(笑)」
「……そんなことないよ」
「ちぃ。俺が失恋したら慰めてくれる?(笑)」
「…もちろん。」
「マジで?なにしてもらおっかなー」
なんだってするよ。
心の中で本気で思ったけど、どれぐらい本気かばかな涼介には半分も伝わらないんだろう。
つづく