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□試す
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「ちょっくら買い物に行ってくるわ」
『はーい、いってらっしゃい』


今日はいつにも増してお客さんが少なくて、相当暇だったのか霊幻さんはそそくさと事務所を出て行ってしまった。彼曰く「お客来たらなんか適当にヨロシク!」とのこと。とりあえず聞かないことにした。しかし結果的に現在事務所にいるのは私一人だけになってしまったわけで。
ちらりと時計を見る。ああなんだ、間違いなければもうすぐモブくんが来る時間じゃないか。私は小さくガッツポーズをして、そしてそのまま机に突っ伏した。モブくんが来るまで少し仮眠でも取ることにする。なんたって暇だからね。
そうして私はゆっくりと瞼を閉じた。



***


「……あれ、師匠がいない」


あ、モブくん来た。
うたた寝の真っ最中だった私は、しかしながら控えめに開かれたドアの音で簡単に目覚めてしまった。なんたってモブくんの登場だからね、こればかりはしょうがない。そしてモブくんの発言通り、霊幻さんはまだ戻っていない。すなわち、この空間には私とモブくんの二人だけということだ。どうやらいつもモブくんが連れている(私には見えないけど)エクボとかいう幽霊?みたいなものも今日はいないようだ。会話らしき声が聞こえてこない。
となると本当の意味で二人きりということになるわけで。今まで退屈だったのが嘘のように、そこは一気に楽園へと姿を変えた。机に突っ伏したまま、自然と口角が上がっていく。よしよし、それじゃあ私もそろそろ起きようか


「名無しのさん……寝てるの、?」
『!』


しかし唐突にモブくんの声がこちらに向けられて、私はなぜか咄嗟に動きを止めてしまった。このまま『起きてるよーモブくんおはよう今日も可愛いね!!!』と早々にモブくんをいつものように愛でまわせばよかったのだけれども、本能的に、とでもいうのだろうか。なんだか今ここで起き上がってはいけない気がして、私は変わらず机へ伏したまますうすうと寝息を立てる振りを開始した。必殺、狸寝入りである。


「寝てる、のかな」


モブくんがこちらに近づいてくる。すうすう。私は不自然にならないよう、頑張って寝たふりを続行する。顔も腕で半分隠れているからきっと大丈夫だと思うけど、やっぱり緊張はするものらしい。さて、ここからモブくんはどう動くのだろうか。放置?それともモブくんだから起こしてくれるのかな。


「…………、」
(……お?ん?)


あれあれちょっと待ってモブくん距離近くないか。
もちろん目は閉じているので今の状況はわからない。けれどもモブくんの気配、というか熱というのだろうか、それが明らかに近くて私は少なからず戸惑ってしまうわけで。ぎしり、机が僅かに傾いた気がした。


「……いつものお返し、」


恥じらうように漏れた吐息が、頬を掠めたかと思えば。
同じところに降ってきた、今度は柔らかい、何か。
等間隔で刻んでいた呼吸のリズムが不自然なほどに一瞬で止まる。そして瞳は光を求めざるを得なかった。つまりは開眼、そう、文字通りに。


「…………え、?」


ばっちりその犯人と目が合った瞬間、彼は何が起きたのかまるで理解できていないようだった。そしてそのまま固まること数秒、状況を呑み込んでいくと同時に真っ赤に染まっていく顔が、その表情がすべてを物語っていた。犯人すなわちモブくんがしたこと。しかしそれを理解して恥じらう人間は決して彼だけに限らないないのだ。


『ご、ごめんねモブくん……寝たふり、してて……その、』


ああ、きっと私も彼と同じくらい真っ赤に違いない。どうしてこの子は不意打ちなる攻撃をいとも簡単に仕掛けてきてしまうのだろう。天に昇りそうなくらい嬉しいけど、それ以上に心臓がどこかへ飛んでいきそうだ。
けれどもそんな私以上に恥ずかしさMAXなはずのモブくんは今にも泣き出しそうな顔で、肩にかけていたスポーツバッグをぎゅうぎゅう握りしめながらそのまま逃げるようにして事務所を出て行ってしまった。




モブを試す
(おい名無し、今すごい形相で走るモブとすれ違ったんだが、お前またアイツに何かしたのか?)
(……さ、されちゃいました、)
(……、え?)





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