短編

□怪人のしわざ!
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その日はサイタマ先生とお出かけしていて。
そしてその時はたまたま、先生とはぐれた直後だった。


『あ……』


そんな絶妙なタイミングで私は、怪人と出会ってしまったのである。
ああ今日はついてないなぁなんて思いつつ顔を上げれば、目の前にいるその妙にセクシーグラマラスな怪人とばっちり目が合ってしまった。あ、これはやばい。


「あらぁ?また随分と色気のないお嬢ちゃんと出会っちゃったわねえ」
『……っ』
「うふふ、でもいいわ。遊んであげる」


ニィ、と妖しく口元を歪めるセクシー怪人。サイタマ先生のような無敵な力などあるはずもなくそれ以前にヒーローですらない一般人のこの私が、怪人と戦うなんてことができるわけもなく。遊んであげると言われたところでそれが生死に関わるこちらとしては本当に勘弁して頂きたいし、早々に逃げ去ってしまいたかった。しかしそんな脚力も当然私には備わっておらず。距離を取ろうとやっとの思いで踏み出した一歩は、しかしながら怪人にとってはまさに目と鼻の先であり、そしてその行為は彼女の攻撃を仕掛ける合図だったのだ。
もくもくと突如として湧き上がった煙に身を包まれたかと思えば、ツンとした強烈な匂いが鼻を突き刺した。思わず顔を歪めてしまうほどのその異臭に、私は急いで自分の鼻を押さえようと手を伸ばした。

(あ……あれ……?)
しかし身体がまるで言うことを聞いてくれない。伸ばしたはずの手は力なく下ろされ、そして両脚もそれに続くように膝から地面へ崩れ落ちた。まるでびりびりと身体中に電気が絶え間なく流れているような感覚だ。遂には頭まで痺れてしまっては、何も考えることができなくて。徐々にぼやけていく視界の中、セクシー怪人のあの怪しげな含み笑いだけがはっきりと映っていた。


「名無し!」


そんな時、不意に耳へ届いたのは大好きなひとの声だった。おぼろげな頭でもそれだけはやはり認識が早く、言うことを聞かない身体に鞭を打ちながらもやっとの思いで顔を上げる。遅いですよ先生、そう言いたかったけれどこんな状態ではまともに言葉も発せらず。そんな滑稽であろう私の姿を見たサイタマ先生は一瞬目を見開いて、そして次の瞬間には彼は既に私の目の前で膝をついていた。相変わらずダッシュが速い。私の顔色を窺うようにこちらを覗き込む先生は、珍しく眉を寄せていて。うわあかっこいい、なんてついつい思ってしまう。
するとドキン、心臓が大きな音を立てた。


「おい、平気か?」
『っ……う、』
「……!!? おま、何して……!」


あれ。あれあれ。
私はどうして、サイタマ先生の首に腕なんかまわしているのだろうか。さっきまで指先を動かすことさえままならなかったはずなのに、気がつけば私のすぐ近くにはサイタマ先生の顔があって途端に顔が熱くなった。ちょ、ちょっと待ってこれ、何がどうなってるの。なんでこんな、自ら先生に抱きつくなんて……普段の私ならば恥ずかしくて死んでもできないような荒技を繰り出してしまうなんて、これは間違いなくあのセクシー怪人の仕業だ。早急に振り切ってすぐにここから離れなければ……!
しかしそんな意思とは裏腹に、私の腕は今もなお先生の首にまわったままだった。それどころか力は入っていくばかりで更に密着してしまう体に、伝わる体温に、なんだか目の前がくらくらする。駄目だ、これは完全に脳が麻痺してしまっている。


「お、おい、名無し……?」
『……っ、せん、せ』


ちょっと待って、何だこの甘ったるい声は。自分でも聞いたことのないような声が出て、思わず肩が震えた。違う、違うんです先生。これは私の意思ではなくて、あの怪人のせいで体が勝手に動いてしまっているんです。そう言いたいのに、唇さえまともに動かせず代わりに漏れるのは熱の帯びた吐息ばかりだった。途端にサイタマ先生が固まるのがわかる。あ、これ絶対引かれたよね。やだやだやだもう早く解放してほしい。こんな熱に浮かされた状態のままだなんて、ほんと、恥ずかしくて死んでしまう。耐えられずに先生の肩へ顔をうずめていると、背後からあの怪人の高笑いが聞こえた。


「……なるほど、これはアイツの仕業ってわけか」
『あ、う……せんせ、っ』
「、もう喋んなバカ」


すぐ終わらせるから、少し待ってろ。そう言ってサイタマ先生は一瞬だけ私を抱き締め返してから、首に巻きついていた私の腕をゆっくりとほどいた。結構強い力でしがみついていた(強制的に)つもりだったけど、そんなの先生には当然敵うはずもない。私の緩い拘束は簡単に剥がされてしまい、そして向き合った先生と視線がぶつかる。しかし先生はすぐにふい、と目を逸らし、次の瞬間には怪人の方へ走って行ってしまった。でもよかった、これでやっとこの謎の痺れもなくなるんだ。そしたら一刻も早くサイタマ先生に弁解しないと。

そう考えているうちにようやく全身の痺れから解放された私はしかしながらどうやら既に精神面での限界がきていたらしく、まるでぷつりと糸が切れるようにそのまま意識を手放してしまったのだった。



***


『う……、』


うっすらと目を開ける。すると真っ先に視界へ飛び込んできたのは見慣れた天井だった。そう、サイタマ先生の部屋である。どうやらあの後気を失って倒れた私を先生がここまで運んでくれたらしい。ああまた迷惑をかけてしまった、と。そこまで考えてふと我に返る。

(わ、私……っ!!!)
次の瞬間つい先程までの己の醜態が見事にフラッシュバックして、私は勢いよく布団から飛び上がった。するとすぐ横で漫画を読んでいたらしいサイタマ先生が少し驚いた表情をこちらへ向けて「おお、お前もう起きて大丈夫なの?」とこぼした。どうして先生はこうも通常運転でいられるのだろうか。そんな鉄の精神なんて当然ながら持ち合わていない私はそのまま先生に向き合って盛大な土下座をかまし、事の成り行きを洗いざらい全部話した。


「……だから、何もかもあの年増怪人の仕業だったんだろ?もういいよわかったから」
『ほんとに、ほんとにすみませんでした……!もう穴があったら入りたいっていうか、うわあああ恥ずかしい!!!』
「だからもういいって。顔上げろよ」
『む、無理です……!先生に合わせる顔がありません』
「ったく大袈裟だな……まあ、あれは確かに新鮮だったけど」
『ぎゃあああ話を蒸し返さないでください!!!』


顔から火が出るとはまさにこのことだ。堪らず私は両手で爆発寸前の顔を押さえながら先生の布団の上をのたうちまわる。あんな痴態を晒す羽目になるなんて、あのセクシー怪人できることなら一発殴ってやりたかった(無理だけど)。ああ言ってはいるけどサイタマ先生絶対引いてるし、もうやだ消えたい。今この瞬間だけこの世から消え去りたい。
そんなことを考えながら一人で悶絶していると、しかしながら柔らかい布団が不意にずしりと沈んで。そして同時に近付いた気配に、私は息を呑み込んだ。ゆっくりと顔を押さえこんでいた手を離し状況を確認すれば、なぜかサイタマ先生が私に覆いかぶさっていて。え。なにこれ、え?
けれども余裕で思考停止する私なんて余所に、先生はほんの少し目を細めてみせて。


「……けどま、俺も我慢すんの大変だったしこれでチャラな」
『え――、っ』


そして言うが早いか、先生は私の唇を強引に塞いだのだった。



怪人のしわざ!
(あ、あああの、先生……!?)
(……、やっぱ迫られるより俺はこっちの方がいいな)
(!!?)





― ― ― ― ―
暴走小説第二弾です。そして言わずもがな強制終了。サイタマ先生が平気な顔しつつもいろいろと耐えてる話が書きたかったんです。あとがきにて本文の主旨を説明するスタイルです伝わらなかったらすみません。





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