短編

□サイボーグの攻略法
1ページ/1ページ





『ねぇねぇサイタマ、』
「なに」
『最近ジェノスくんが私に冷たいんだけど』
「……は?」


漫画を読んでいた手をふと止めてサイタマが顔を上げる。サイタマには珍しい、少しびっくりしたような表情をしていた。いつもは聞き流すだけの彼が今日はどうやら私の話をちゃんと聞いてくれるようで、私も急いで佇まいを整え改めてサイタマに向き直った。


『私、もしかしてジェノスくんに何かした? ついこの前まではサイタマの旧友だからって何かと慕ってくれてたのに、この頃の対応がやけに余所余所しくなったというか』
「たとえば?」
『声をかけたら無視されるし、この前なんか目が合っただけであからさまに顔を逸らされたよ』
「あのジェノスがか?」
『うん。今までジェノスくんが私の中でのワンコ属性だっただけに、ショックが尋常じゃなくてさ……嫌われるようなこと、しちゃったのかなって。何か知ってますか先生』
「先生言うな。……けどそうか、あのジェノスがな」


ふむ、と何やら意味深に考え込むサイタマ。びっくりするほど様になってないなぁとかすごく失礼なことを考えながら、自分もこのままではいけないと何か理由を考えてみる。ジェノスくんは私の友人であるサイタマのあの圧倒的な力を目の当たりにして弟子入りしたという変わったサイボーグくんだった。漫画の貸し借り等で頻繁にサイタマの部屋へお邪魔していた私も当然そんな彼と出会ってしまうわけで。最初はそれこそサイタマの強さの秘訣やら生い立ちやらを根掘り葉掘り聞いてくるからまあ世にも珍しいサイタマ厨が現れてしまったもんだと半ば呆れていたのだけれども、接していくうちにそんな彼の従順さが次第に可愛く思えてしょうがなくなってしまった。名無しさん名無しさんとなぜか私にも慕ってくれる姿が、実家で飼っていた愛犬と完全に一致。そんなこんなでジェノスくんがサイタマの家に住むようになっていて、自然と私たちも仲良く(主に私はジェノスくんを愛でていただけだけど)なっていたはずだった。

(それなのに、なんで……)
本当につい最近のことだ。何の前触れもなく、ワンコだったジェノスくんはいつの間にか私に寄り付かなくなってしまっていたわけで。なぜだ。どこで間違った。一体どこで愛想を尽かされてしまったのだろう。考えても考えても答えは出てこない。愛でるといってもサイタマ先生と連呼するジェノスくんをただ私は微笑ましい気持ちで眺めていただけで、こちらからのアクションは一切なかったはずだ。それなのにどうして……


「でもジェノスといる時はお前の悪口一言も聞かなかったけど」
『ほ……ほんと!?』
「うん。つか寧ろ逆じゃね」
『え、?』
「ジェノス、結構お前のこと好きだと思うけど」
『!?!?』


サイタマの救済の言葉に胸を撫でおろすのも束の間、彼は突如として爆弾発言を投下してきた。あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。そして思考が追い付かない。私が余裕で硬直すること数秒、ガチャリと、今まで静かだった玄関のドアが開く音が聞こえて。途端に心拍数が跳ね上がった。
インターホンを鳴らさずにこのサイタマ宅へ入ってくる人物など、そんなの一人しかいないのだから。


「先生、頼まれていた今晩分の食材はすべて、」
『…………』
「……食材はすべて、買ってきました」
(あからさまに無視された……!!!)


タイミングよく買い物から帰ってきたジェノスくんはサイタマに自身の帰りを報告し、その視線は自然と横にいた私へと動いた。しかしふと目が合ったと思えば、また即座に逸らされてしまう。さっきのサイタマの爆弾発言で熱を帯びていた頬がだんだんと冷めていくような気がした。そもそもサイタマの言葉を鵜呑みにすること自体が間違いだったのだ。ジェノスくんが私を好いてくれているなんて、勘違いも甚だしい。私は心の中で大きなため息をついて、一刻も早くここから退散すべく荷物を纏めようとしたその時だった。


「じゃ、俺もちょっと出かけてくるから」
『へ!?』
「ジェノス、名無しに茶でも淹れてやってくれ。一応こいつも客人だからな」
「っ、先生……!?」
「お前もゆっくりしてけよ、名無し。んじゃ行ってくるわ」


私が手を伸ばすよりも早く、サイタマは動いていた。さっきまで隣で呑気に寝転がっていたはずの彼が、しかしながら既に玄関のドアノブへ手をかけているではないか。何なのその突拍子もない行動力は。そんな私の突っ込みも虚しく、そしてがちゃり、と。彼の後ろ姿はいとも簡単に私の視界から消えてしまったのだった。
え。ちょっと待っ、え。


『…………』
「…………」


当たり前のように落ちる沈黙に、まるで首を絞められているかのようだ。一体サイタマは何を考えているのか馬鹿なのか。家主からゆっくりしていけと言われた手前、そそくさと帰るわけにもいかなくなってしまったこの状況。もうやだ既に帰りたい誰か助けて。
沈黙の時間に比例して冷や汗が増し続けること数分、私はあまりの居心地の悪さにどこぞの不審者ばりに視線を彷徨わせていれば、コトリと突然ちゃぶ台の上に湯呑みが置かれて。弾かれたように顔を上げると、サイタマの言いつけ通り私に淹れたお茶を差し出すジェノスくんの姿。そして彼はそのままちゃぶ台を挟んで私の前に正座をした。相変わらずの従順ぶりだけれど、その目はやはり私と合わせてはくれない。


「……どうぞ、」
『あ、ありがとう』
「…………」
『……あ、えっとごめんね、これ飲んだら帰るからさ』
「、え?」
『え? あぁほら、サイタマの言うことなんて鵜呑みしなくていいんだよ。私がいても邪魔になるだけだし!』


あははと笑顔を貼り付ける。うまく笑えているだろうか。私はいったいどこでジェノスくんに嫌われてしまったんだろう。理由を聞きたいけれど、怖くて聞けない自分がいる。ああ、もうジェノスくんを愛でられる日は訪れてくれないのかな。
はぁ、と一つ小さくため息をついて、私は差し出されたお茶を口にした。けれども苦い中にほんのりと甘みが広がるその味が、私を不思議と落ち着かせてしまうのだ。

だからどうしてまた、彼はこういうことをしてしまうのだろう。
だってこんなの、矛盾してるじゃないか。


『私が前に好きだって言ったお茶、覚えててくれたんだね』
「!」
『……ねぇジェノスくん。ジェノスくんはさ、』


私のこと、どう思ってるのかな?
ゆっくりと前を見据えジェノスくんに問う。
きっとジェノスくんは完全に私のことを嫌いになったわけではなくて、何か嫌なことがあって私を避けていたのだと思った。だからその原因が何なのか教えてほしかったのだ。もし私の気付かないところでジェノスくんに不快な想いをさせてしまっていたのなら、それは深く反省しなければならない。
私はすべてを受け入れる覚悟を決めて、ぐっとジェノスくんから目を離すことなく見つめていた。よし、これで少しはジェノスくんとの蟠りはなくなるだろうか。また前のように、普通に話をすることはできるだろうか。


「……っ、」
(って、あ、あれ……?)


ジェノスくんの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。隠すように口元を手で覆ってはいるものの、しかしながらまったくその役目を果たせていない。眉間に皺を寄せながら鋭い目つきでこちらを睨んでいるはずなのに、なぜだかいつもよりも大分威圧に欠けていた。
え、え、どうしちゃったのジェノスくん。もしかして故障とか?心配になって声をかけようとしたけれど、それよりも先にジェノスくんが口を開いて。


「俺は……その、名無しさん、が、」
『っ、うん、』


だんだんと尻すぼみになっていく声と、更に真っ赤になるジェノスくんの顔。ずっきゅんと、まるでそれらに反応するかのように私の中の何かが悲鳴を上げた。

――ジェノス、結構お前のこと好きだと思うけど
あの時のサイタマの言葉が脳裏をよぎる。いやいやいや、でもそんな。もしかしたらジェノスくんは。いや違う。頭の中で可能性を浮かべては否定するを繰り返していれば、ぱちりと、やっとジェノスくんと目が合って。


『……っ、』


その控えめに合わせてくる視線とか、瞳の奥が明らかに揺れているところとか、ごくりと唾を飲み込む音とか。そんな目の前のジェノスくんの一挙一動に、どくどくどくと鼓動が確実に速くなる。
あ、駄目だ。駄目だこれ。


「っ……きらい、です」


そして小さくこぼしたジェノスくんの言葉と表情が、あまりにも対照的すぎて。
まるでとどめを刺すかのようなその攻撃に、とうとう私にまで彼の熱がうつってしまったのだった。



(ツンデレ)サイボーグの攻略法
(とりあえず萌えすぎて禿げる)



― ― ― ― ―
初ジェノスくんです。そしていきなりのキャラ崩壊でした。ジェノスファンの方すみません。そして書こうと思った理由が髪がストレートになってかっこいいと思ったからという。できればシリーズにでもさせたいと思ってます。できれば……!





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ