短編

□敗者への変化
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ある朝学校へ登校すれば、今までタワーだったはずのテルくんの髪が再び短くなっていた。


「……あ、おはよう名無し」
『おはよう。テルくん、その髪どうしたの?』
「え? ああ、これね。昨日バッサリと切られちゃってさあ」


えへへ、と頬をかきながら照れたように笑うテルくん。その笑顔でまわりにいた複数の女子が一斉に頬を赤らめたのを、彼は知っているのだろうか。変、かな?と横の髪をいじりつつ聞いてくる彼に、私はううんと首を横に振った。


『すごく似合ってるよテルくん、かっこいい』
「! そ、そう?」


ああ、はにかむ顔が余計に似合うようになってしまったな。
今日の一限目って何だっけ?とそんな話をぼんやりと交わしながら、私は心の中で、これじゃあまた逆戻りになっちゃうなと。そんな確信めいた考えがぐるぐると渦巻いていた。

そして、そんな私の予想は見事に的中した。
その日のお昼休み。テルくんの席を見れば女の子が何人か、彼を取り巻いていた。「一緒にお昼食べない?」頬を赤らめて可愛らしく申し出る女の子たちに、テルくんは気のよさそうな笑みで了承していた。きゃあ、教室に響く黄色い声。私にはなぜかそれが、ひどく耳障りでならなかった。
かくして放課後も同様だった。彼のまわりにはまたたくさん女の子がいて、何やら楽しそうに話をしていて。決して聞き耳を立てているわけではないけれど、きゃっきゃと盛り上がっているようで会話の端々が嫌でも聞こえてきてしまうのだ。(ああ嫌だな、)
しかし突然一人の女の子から「ねえテルくん一緒に帰ろうよ」という声が耳に入ってきて、その瞬間私の心臓にチクリと痛みが走った。だってテルくん、帰りは私といつも一緒だったから。

(なんか、なんかすごく腹が立ってくる……!)
髪型が元に戻ってかっこよくなったからって、急に手のひらを返したように振る舞うなんて。彼女たちは、テルくんの内面をこれっぽっちも見てはいないじゃないか。テルくんは話すとすごく面白いし、時々変顔とかしてくれるお茶目なところもあるし。それでいてちゃんと気遣いもできて本当に優しい人なんだから。そんなことも知らないでいきなり一緒に帰ろうとか何なの彼女なの。彼女面なの。
むかむかとお腹から湧き上がってくるこの気持ちは何なのか。私は苦しくなる胸を押さえながら、帰り支度を進めた。もういいや。諦めて今日は一人で帰ろ、


「悪いけど僕、名無しと帰る約束だから」
『……!』


ね、名無し。いつもの優しい彼の声に名前を呼ばれて、ふと顔を上げればたくさんの女子に囲まれているというのに、テルくんは私だけを見て微笑んでいた。その瞬間心臓が張り裂けそうなくらい痛くなって、そしてなぜだか泣きたくなるくらいに嬉しくなった。今日の私は、何かがおかしい。
そんな彼の呼びかけにうん、と私が小さく頷けば、しかしながら途端に上がる非難の声。見れば周りの女子たちがすごい形相でこっちを睨んでいた。どうしよう、これは絶対敵にまわしたら駄目なやつだ。テルくんが約束を守ってくれてすごく嬉しかったけど、彼女たちに後で体育館裏に呼び出されたりするのも御免だ。


「……名無し?どうしたの、具合悪い?」
『!』


しかしそんな私の思考とは裏腹に、ずっと下を向いて黙り込んでいた私をテルくんはどうやら心配してくれたらしい。女の子たちの中をかいくぐって私の前まで早足で来てくれて、そして眉を下げながら私の様子を窺うように顔を覗き込んできた。心臓が飛び出るかと思った。

(なんでそんなことしちゃうの……!)
ぱちりと目が合う。真剣な面持ちで本当に心配してくれるテルくん。耳をくすぐるような甘い声で、大丈夫?なんて。そんなの全然大丈夫なわけがない。
けれどそんな胸の苦しさとまるで比例するかのように、取り巻きの女子たちの視線がより一層鋭くなったのも事実で。ああやっぱり、もう前のようにテルくんと過ごすことはできないんだなと身をもって感じる。テルくんだって男の子だし、周りに可愛い女の子がたくさんいた方が嬉しいんだろうなと。私だけが特別じゃないんだと。そう考えてまた胸がチクチクと痛んだ。何を自惚れているんだろうか、私は。テルくんにとって私は紛れもなく、お友達の中の一人だなんだから。だから、今日は断らないと駄目だ。私個人よりも、何よりテルくんの交友関係を優先させないと。駄目だ。


『……テルくん、いいよ。私今日は一人で帰るから、』
「やだ」
『え、』


え、やだ?やだって言ったの?
ふと顔を上げれば、珍しく眉間に皺を寄せながらなぜか怒ったような表情のテルくんと視線がぶつかった。どうして、どうしてそんな顔するの。頬がだんだんと、熱を帯びていく。


「僕は名無しと帰るって言ってるんだ」
『で、でも、テルくんには他の子だっているし!』
「そんなの関係ないよ。何より僕が名無しと一緒に帰りたいんだから」
『!』


そう言って控えめに握られた手が、力強い彼の瞳に捕らえられた自分の顔が、熱くて熱くて仕方なかった。遠くから悲鳴に似た声が聞こえたけど、そんなの今の私には気にする余裕もなくて。ひたすらに、ドキドキと心臓がうるさく騒いでいた。


『……それはさ、私たちが友達だからなの?』


こんなの変だ。テルくんも、それから私も。
仲の良い友達だから、一緒に帰ってくれるの?友達だから、私を優先してくれるの?友達、友達ってなんだろう。私たちのこの関係は、一体何と呼ぶのだろう。
するとテルくんは一瞬驚いたように目を見開いて、それからなぜか嬉しそうに微笑んだ。


「さあ、どうだろうね?」


何やら含みのある妙に艶やかな声が、直ちに私の体を動かせなくしてしまう。自分でもわからないこの感情をまるで見透かすかのように目を細めてみせる彼は、本当に同じ中学生なのだろうか。なんか、なんかずるい。


「ほらほら、そうと決まれば早く帰ろう」


結局テルくんは私の問いに答えることなく、すぐさま手を引いて歩き出してしまう。私はもやもやとした気持ちのまま、それでもテルくんとまた一緒に帰れることが確かに嬉しくて、何も言わずに彼の後ろに続いた。
しかし教室を出る直前。急に振り返ったテルくんは未だに立ち尽くしている女の子たちの方を見て、そしてにっこりと笑いかけてみせた。


「……じゃあそういうことだから、ね?」


そう溢しながら貼り付けられたテルくんの笑顔は、先程私に見せたものとはまた違う雰囲気を纏っていた。しかもそういうこと、とはどういうことなのか。彼の唐突な発言が少し気になって私も横目でその様子を窺えば、しかしながら遠くに見えた女の子たちの顔はなぜかみんな揃って青ざめていた。



敗者への変化
(ああもう早く気付いてくれないかなあ、)




― ― ― ― ―
なんか続きそうですね。自分で書いておいてですが。
彼には是非じれったい恋をして頂きたいと思っております。




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