短編

□ハロウィンの定義
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ハロウィンの定義



トリックオアトリート、お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞで有名なハロウィンだが、私にとってはこの期間だけ売られる限定のお菓子やスイーツを食べられる時期、という認識の行事にすぎなかった。よくよく考えてみれば、ハロウィンというのはクリスマスやバレンタインデーといった他のイベントほど形式ばったものではない気がする。子供の頃こそ仮装が楽しくて家族や近所をまわってお菓子を貰いに行っていた気もするが、高校生にもなればそれは面倒という方が大きくなり、友達の家でハロウィンパーティーならぬお菓子パーディーを催す程度に年々姿を変えていった。


『はあ、かぼちゃプリン最高』


そして今年とてその認識は変わらず。私はつい先ほどコンビニで買った期間限定かぼちゃプリンを思う存分堪能していた。ううんやっぱり美味しい。毎年ハロウィンの時期になると売られるこのかぼちゃプリン。それを食べるのが今の私の恒例となっていた。


「それ、この前も食べてましたよね」
『うん、これすごく美味しいんだよ。そう言うモブくんは何買ったの?』


そしてそんなミニお菓子パーティーを、今年はモブくんのバイト先で開いていた。パーティーといっても机の上にあるのは私とモブくんが自分用に買ったプリンとお菓子のみ。それを二人肩を並べながら食べているのである。今年のハロウィンパーティーはついにこの規模まで変貌を遂げてしまったが、可愛いモブくんと一緒に過ごせる方が私にとっては何よりも価値のあるイベントに早変わりするものだから何ら問題はない。奥の部屋では霊幻さんがお客さんへ呪術クラッシュを繰り出している最中だった。見つかってしまうとバイト中だとか俺にも寄越せ等と後々面倒なことになりかねないので、あくまでも内密に執り行おうという計画である。そういったのもまた楽しかったりするもので。


「えっと、僕はかぼちゃのクッキーを、」
『あ、美味しそう!……ん? あとその袋は?』
「ああこれ、お菓子買った時に一緒に付いてきたんです。ハロウィンだから、って」


モブくんはクッキーの箱と共に、小さな包みを持ち上げた。それをモブくんから受け取り開けてみると、そこにはかぼちゃの形をしたいかにも幼児向けの帽子が入っていて。


『おおお可愛い!モブくん被ってみてよ!』
「え!? で、でも、」
『モブくんがもらったんでしょ、ほらほら!』
「わわっ……!」


言うが早いか、私は広げたその帽子をモブくんの頭に素早く被せてみせた。有言実行である。幼児用だから入らないかもと思ったが、思いの外ゴムが緩く作られていたお陰でかぼちゃにすっぽりと覆われてしまったモブくんの頭。ほう、これはこれは。


『ぐうかわだよモブくん!!!』


かぼちゃモブくん。これはけしからん組み合わせであることをたった今私は思い知らされ、もはやハロウィンのマスコットキャラ的なものに認定されてもいいんじゃないかと本気で考えた。私は直ちにスマホを取り出して、そして何の迷いもなくシャッターボタンを切っていく。カシャアカシャアッと音を立てながら次々と写真に収めていけば、モブくんは顔を赤くして視線をうろうろと彷徨わせて。そして消え入りそうな声で「は、恥ずかしいです、」と溢した。可愛さが倍増した。


『いいじゃんモブくん、すごく似合ってるよ!』
「う、嬉しくないです……!」
『えー絶対いいと思うんだけどなあ、ハロウィン仕様の仮装モブくん!激レアだよ!』
「……」


そして思う存分かぼちゃモブくんを撮り終えて満足した私は、机の上に置いたままだったプリンに再び手を付けることにした。うん、やっぱり美味しい。モブくんとのダブルかぼちゃで更にその美味しさが相まった気がする。ハロウィンがこんなにも素敵なイベントだったなんて今まで思いもしなかった。来年からはモブくんにいろんな仮装をさせて撮影会でも開こうかな。

けれども、このかぼちゃプリンも今日で食べ納めだと思うとやはり悲しいものがある。期間限定とは時として残酷だ。最後の一口、十分に味わって食べようじゃないか。


「……名無しさん」
『? なあにモブくん、』


――そう、かぼちゃプリンの販売は今日まで。
それ即ち、今日の日付は間違いようもない、10月31日というわけで。


「トリックオアトリート」


カラン。プラスチック製のスプーンが、空の容器の中で転がった。私はその様子を視界の隅で捉えながら、ゆっくりと視線を持ち上げる。
たどたどしい英語の、しかしながら誰もが知っているその決まり文句。そのフレーズを口にした張本人は、僅かに頬を染めながらもしっかりとこちらを見据えていた。ぱちりとそんな彼の瞳とぶつかって、途端に心臓が騒がしく暴れだした。


『もっ、モブくんちょ、ちょっと待って、今さっきお菓子食べたし、そこにまだクッキー残ってるよ……?』
「僕、名無しさんからのお菓子が欲しいんです」
『!? そ、そんなこと言われても、プリンだって食べちゃったし、それに』
「……お菓子、持ってないんですか?」
『!!!!』


隣に座るモブくんが、じりじりと控えめながらも確実に距離を詰めてくる。待って待って待って、なんで急にそんなこと言い出したのモブくん!トリックオアトリートなんて言葉がまさか彼の口から出るとは一体誰が想像しただろうか。当然ながらそんなこと予想もしてなかった私がお菓子なんて用意しているはずもなくて、そしてそんな私の末路は。末路は。


『モブく、っ』


逃げないようにするためなのかぎゅっと手首を掴まれて、モブくんが更に身を乗り上げてくる。吐息が触れ合ってしまうような距離、私は無意識に息を止めた。そしてそのまま、唇より少し横へ逸れたところにモブくんのそれが合わさって。
ばくばくと心臓がこれでもかというくらい大きな音を立てて、やがて何も考えられなくなってしまう。だってあのモブくんがそんな、そんなまさか。しかし固まる私を余所にモブくんはん、と小さく息を漏らしながら一度離した唇を再びくっつけてきた。


『も、モブくん、っ!』


これは本気で死んでしまうと思った私は、ありったけの力でモブくんの肩を押して抵抗してみせた。するとモブくんは弾かれたように私から離れて、そしてようやく我に返ったのか慌てて顔を逸らした。そんな彼の顔はまるで茹で上がった蛸みたいに真っ赤で。


「えっと……かぼちゃプリン、美味しかったです」


しかし嬉しそうに頬を緩ませながらあろうことかそんな感想を寄越してきた彼に、私は頭を抱えざるを得なかったのである。

私の中のハロウィンというイベントが、今年もまた大きく形を変えてしまった。今まで彼の頭に乗っていたかぼちゃの帽子がするりと床へ落ちる。そんな様をぼんやりと眺めつつ、私は未だに熱くて仕方のない頬を必死になって冷ますのだった。




― ― ― ― ―
というわけで、この度モブサイコのハロウィン夢企画に参加させていただきました!企画を考えてくださったふぃず様、櫻様。本当にありがとうございました!いやでもハロウィンってなかなか難しいですね…!悩みに悩んだ結果何やらまとまりのない感じになってしまいました。すみません。夢主のノリは完全にシリーズのJKなんですが、今回は企画ということでシリーズの方とはまた違う設定で。私、モブくんの小説で初めて甘いの書いた気がします…!なんせいつもはモブくんいじり倒してるだけですからね。このような場を設けてくださり、本当に感謝しております。

そして今回参加させていただいたハロウィン企画の作品ページはこちらからになります。他の方の書かれた素敵な作品がございますので、是非是非ご覧になってください!





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