短編

□盲目と空気
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※爪が調味市へ乗り込む前の話
※本部内はいろいろと捏造してます



すう、っと自分の中の全意識を集中させていざその背後へと忍び寄る。見たところ相手はまだこちらに気付いていないようだ。私はより一層精神を研ぎ澄ませ一歩、また一歩と足を進めていく。

(よし、今日こそは……っ!)
そして遂に目の前へ迫ったその広い背中目掛け私は手を伸ばした。しかし指先があと少しで触れようかというところで、標的であるその人物は一瞬にして視界から消えて。しまった、そう思うよりも先に襲われた頸動脈の圧迫にぐえっと何とも情けない声が漏れた。すると頭上からまるで堪えきれなかったかのような笑い声が聞こえ、途端に顔が熱くなる。息ができない苦しさと失笑を買ってしまったことの羞恥から早く逃れようと、裸絞めする彼の腕を何度も叩けばすんなりと解放してくれた。いろんな意味で死ぬかと思った。


「以前よりは感知しづらくなりましたけど、やはり最後の詰めが甘いですね」
『げほっ、ということは、最初は気付いてなかったってことですか!?』
「いえ、君が私の部屋に入ってきた時から気付いてました」
『なんだ知らないフリしてたんですか島崎さん〜〜〜』


やっぱり敵うわけないかあと肩を落としていたらまた笑われてしまった。勝てなくて当然だろうとでも言いたいのだろうかとその表情を窺えば、彼は相変わらず何を考えているのかわからない微笑みを携えたままで。


「ああでも、さっきの蛙の潰れたような声はとても良かったですよ」
『っ、む、蒸し返さないでください……!!!』


最悪だ、完全に遊ばれている。恥ずかしさにいても立ってもいられなくて、私は勢いよく島崎さんの部屋を飛び出した。


***

ここは超能力者による集団“爪”の本部であり、私もその構成員のうちの一人だ。私は生まれながらにして超能力を持つ所謂ナチュラルだが、他の人のようにサイコキネシスやテレパシーなどは全くもって使えない。私の能力は、誰にも気付かれないように自分の存在を消すことができるというだけ。しかし何故かボスがこの能力を買ってくれて、主に組織での内通者がいないか調べたり、組織と契約しているスポンサーに不審な動きがないか監視するのが私のここでの役割だ。
能力を使えばボスと感知能力者である島崎さん以外は誰も私に気付くことはない。そのためか、ボスは超能力者として未熟な私に島崎さんを教育係にと指名したのだった。だから先刻のように、より気配を消しながら島崎さんの背後を取ろうと日々奮闘しているわけなのだが、いつも彼の能力であるテレポートにより呆気なく躱されてしまう(そしていつも遊ばれる)。


『それにしても島崎さんの能力ってほんとチートすぎる……』


そんな私の独り言は、大声で雑談しながら遠慮なく隣に座ってきた女性構成員達によって敢えなく掻き消されてしまった。ああ、またか。私はオムライスを頬張りながら、心の中で大きな溜め息を吐いた。私の存在を消すことができる能力は生まれつきだが、元々の影の薄さもまた生まれつきだったのである。ここは本部内の食堂であり、一人で食事を摂っている今でさえ私は他人に存在を気付かれないままでいるというわけで。


「ホント、あの名無しのって奴ムカつくわぁ」
「それな。うちらみたいに念動力とか全然使えないポンコツのくせに5超の島崎さんに面倒見てもらってさ。何様なの?」
「どうせ色目使って取り入ってんのよ、あの空気女!島崎さんも可哀想〜」
「枕営業ってヤツ!?うわ引くわ〜、どんだけ欲深いのよサイテー」
『…………』


彼女達の言葉が何よりの証拠だ。それにしても本人を前にしてよくもまあそのような妄言を吐けるものだと感心する(見えてないんだろうけど)。声を出して気付かせることもできるが、今はそんな精神的余裕がない。島崎さんは5超の中でもあのルックスのため女性陣から大層人気が高く、そんな彼がこんな存在感ゼロな地味女の教育係をやっているものだからそりゃあ妬み嫉みの矛先は否が応でも私へと向けられるというわけで。今となっては日常茶飯事だが、だからといっていつまで経っても慣れることはない。ここの絶品と呼ばれるはずのオムライスも全く味がしなくなって、一刻も早くここを離れようとそれでも無理やり胃へ流し込んだ。そんな時だった。
ざわざわと、食堂の入口辺りが急に騒がしくなったのだ。主に女性の黄色い声というか、まるで芸能人が現れたかのようなその喧騒に隣の女性達の罵詈雑言も打ち消されてしまった。そして何故かそのざわめきが徐々にこちらへと近付いてきて。


「――ああ、ここにいたんですね。探しましたよ」
『……!』
「キャーッ島崎さん!?どうしてここに……も、もしかして私に何か」
「冗談はその楽しそうな雑談だけにして頂けますか。私は彼女に用がありますので」


いつもの笑みは崩さないまま、しかしながらその冷たく突き放すような声色に女性達は一斉に口を噤んだ。そして「ね、名無し」と島崎さんが私の肩を抱いた途端、そこでようやく私の存在に気付いたのか彼女たちの顔が赤から青へと変わったところで、次の瞬間私は既に島崎さんの部屋にいた。


『……すみません島崎さん、助けて頂いて』
「助けた覚えはありませんね。私はただ、先程君に逃げられたのが癪だったので連れ戻したまでですが」
『それでも助かりました。ありがとうございました』


ずっと誰にも見つけてもらえずに生きてきた。かくれんぼは得意だったけれど、友達にも先生にも、両親にだって自分から声をかけない限り気付いてもらえなかった。そんな私を島崎さんは、あの大勢の人がいる中でさえ一瞬で見つけてしまう。それが彼の能力であることはわかっている。けれど、私を救ってくれたのは間違いなくこの人で、だから彼には感謝してもし尽せないのだ。
そんな気持ちも込めて島崎さんに向かって深々と頭を下げる。しかし島崎さんは「君のその影の薄さは他人に気付かれなくとも、だからこその価値があるんですよ」と、そんな私の行動も気に食わなかったのかそのまま顎を掴み強制的に顔を上へと向かせた。すると自然と島崎さんの顔が視界に映って、私はその閉じられたままの目をしばらく見つめる。その目で彼は一体何を視ているのだろうか、そんなことを考えながら私は彼に向かって笑ってみせた。


『私は島崎さんに見つけてもらえればそれで充分です』
「……」
『かくれんぼで探すの諦めて帰られるのほんと辛かったんですよね!えへへ』


そう言っておどけてみせれば一瞬だけ笑みを消した島崎さんは再びいつもの表情に戻り、そしてあろうことか私の額へ思いっきりデコピンをかましてきたのだった。めちゃくちゃ痛かった。


「――そうそう、言い忘れてましたけど」


あまりの痛さに私が膝を抱えながら悶絶していると、何かを思い出したように島崎さんが声を上げた。額をさすりつつ声のした方を見上げれば、島崎さんはこれ以上ないくらいの笑顔を張り付けながら腰を折り、そして私の耳元へと口を寄せて。


「どんなに誘惑されたとしても私は君には一切欲情しませんから、枕営業はやるだけ無駄ですよ」
『、な……ッ!?」


私は何としても彼の背後を取ってやろうと、この時固く心に誓ったのだった。



─ ─ ─ ─ ─
続きます!






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