短編

□04
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『……報告は以上になります』
「ああ、御苦労だった。引き続き調査を頼む」
『は、はい!失礼します!』


私はモニターに映るボスへ向かって深々と頭を下げた。今日はボスへの定期報告の日であり、爪の組織内で謀反の動きがないか監視する役割の私はこうやって月一でボスに報告をする義務がある。しかしモニター越しとはいえボスの前はやはり緊張してしまうというもので、今日一番の任務を果たした私は足早に部屋を出た。はあ、ボスのあの射抜くような眼差しにはいつまで経っても慣れないなあ。一気に肩の力が抜けてほっと一息吐いていると何の前触れもなく私の前に落ちる影がひとつ。再び体が固まる。


「報告は終わりましたか」
『っ、はい、たった今』
「そうですか。私はまだボスとの話があるので君は先に戻っていていいですよ」
『わかりました、失礼します』


淡々とそう返しながらボスの時と同様頭を下げそして足早に彼の横を通り過ぎようとしたのに、すんでのところで手首を掴まれた。その瞬間ぶわっと熱が全身を駆け巡り、途端に周りの空気が薄くなる。心臓が痛い。


「最近明らかに様子が変ですけど、どうかしたんですか?」
『……何もないです大丈夫です』
「ならどうして私の顔を見ようとしないのです?何かやましいことでも」
『っ、ほら!早く行かないとボスに怒られちゃいますよ!』


それに島崎さんには全く関係ないことなんで!と自然と早口になりながら自分の腕を引けば掴んでいた手はすんなりと離れて、私はそのまま島崎さんから逃げるようにして走った。触れられていた手首が火傷しそうなくらい熱かった。



***

島崎さんには全く関係ないなんて、咄嗟とはいえ一体どの口が言っているのだろうか。本当は全部、あの人が原因なのに。私は大きな溜め息を吐きながら頭を抱えた。

──言い訳は聞きませんよ、
二人で視察に行った日、強制的に遮断した視界の中で響いた優しい声と目尻へ落ちた感触がいつまでも忘れられなくて。あの後シャワーを浴びながらふと我に返った瞬間、事の始終を鮮明に思い出してしまってからというもの、私はどこかおかしくなってしまった。島崎さんを見るだけで胸が苦しくなるし、目が合うと動けなくなるからまともに顔なんて合わせられないし。さっきみたいに触れられようものなら瞬く間に全身へと熱がまわってしまう。なんだ、なんだこれ。得体の知れない感覚をそれでもなんとか紛らわせたくて、私は気分転換を目的に外へ出ることにした。

(……あれ、峯岸さんだ)
すると中庭に出たところで見知った後ろ姿を見つけた。峯岸さんは自分の生やした植物にもたれながらどうやら熱心に読書をしているようだった。私は力を使い、気付かれぬようにゆっくりと歩み寄っていく。そして峯岸さんの真横に立ったところで少しだけ超能力を解いた。それでも余程熟読しているのか、峯岸さんはまだ私の存在に気付かなくて少し笑いそうになる。島崎さん相手ならもうとっくに返り討ちに合ってるんだけどなあ、なんて。気分転換のためにここへ来たはずなのに、つい考えてしまうのはあの人のことばかりだ。


『ううう峯岸さん〜〜〜!!!!』
「!!!お前はまた、っ」


我慢できず峯岸さんに飛びつこうと思ったのだが、声を聞いてようやくこちらに気付いた峯岸さんはすぐさま足元から植物を出現させ、あっという間に私は伸びてきた蔦によってぐるぐる巻きにされてしまった。おおおさすが峯岸さんすごい。その反応の早さに感心していると呆れたような溜め息が返ってきた。


「急に現れるなといつも言っているだろう」
『すみません、今は植物を見て癒されたい気分でして』
「僕の植物は観賞用じゃない。……まったく、お前が来ると後が厄介なのに」
『え、どういうことですか?』


私の問いには無視して「で、一体何の用だ」と睨みながら急かしてくる峯岸さん。用がないなら即刻立ち去れと言わんばかりの眼光に、私は慌てて口を開く。島崎さんといつも通りに接することができなくなってしまったこと、今日も顔すら見れずに逃げてきてしまったことを打ち明けると、心底面倒くさそうに峯岸さんの顔が歪められた。


「……、いつからだ」
『え?』
「いつからその状態だと聞いている」
『え、えーっと、ですね……この前一緒に外へ視察に行ったときに私が泣いちゃって、それで島崎さんがめ、目元に、』
「キスでもしたのか」
『!!!』


表情と繰り出す単語が一致してないわズバリ言い当てられるわで次の言葉がまるで見つからない。しかもあの時の感覚が見事にフラッシュバックしてしまい、顔がじわじわと確実に熱を持ち始める。そんな自分でもわかるくらいあからさまな態度をとる私を見て、峯岸さんは再度呆れたように溜め息を吐いた。


「キスひとつでそんなに騒ぎ立てるものじゃない。お前にとっては一大事でも、あいつからしてみればただ単にお前を泣き止ませたかっただけだろう」
『、え?』
「島崎はそういう奴だよ。お前は教育を任せられている部下あってつまりはそういう対象として見ていない。僕も実際、あいつがノーマルの女を連れてるところを何度も見かけている」
『……』


峯岸さんの言葉が驚くほどストンと胸に落ちてくる。思い返せば島崎さんはあの日と何ら変化はなくて、私だけが一人で馬鹿みたいに騒ぎ立てていただけだった。だから今日島崎さんは私に何かあったのかと聞いてきたんだ、身に覚えがないから。彼にとって特別なことではなかったから。目元ヘのキスも泣かれたのが面倒だったからなんて、そんなの納得の理由じゃないか。島崎さんもこんな影の薄い女なんかより街中で会ったような華やかでオーラのある女性の方がいいに決まっている。というか、そもそも比べていいものですらないはずだ。私は元より他人に認知されない存在だったのだから。唯一見つけてくれたのが島崎さんだけだったから、きっとどこかで勘違いしてしまったんだ。彼にとってはただの手のかかる部下なだけで、ただ、それだけなのに。なのに。


「! お、おい、なんで泣いてるんだよ」
『……っ、』


すると峯岸さんの狼狽えたような声が聞こえ、体に巻き付けられた蔦が少しだけ緩んだ。本当に何してるんだろう、私。ここはよかった〜!って安心して胸を撫で下ろすべき場面なのに、かえって胸が痛くなってどうする。悲しくなってどうするんだ。違うと言いたいのに悲しくて仕方なくて、涙も次から次へと溢れて止まらない。

(待って、これじゃあ私島崎さんのこと、)
そこまで考えたところでバァン!と突然大きな音が響き同時に体が傾いた。見れば私を吊るし上げていた植物が粉々に砕かれ、拘束からは解放されたものの私はそのまま地面へと放り出されてしまう。けれど感じた浮遊感は一瞬で、私の体は誰かによって抱き留められていた。鼻を擽る匂いとその息遣い、それだけでこんなにもどきどきしてしまうのだから、最早言い逃れなどできたものではない。やっと自覚した想いを噛みしめていれば、私を横に抱えたその人は地面へと着地し、そして目の前で立ち尽くしたままの峯岸さんを一瞥してからすぐに背を向けた。その間に彼の顔がこちらへ向くことはなくて、チクリと針が刺さったように胸が痛んだ(私も同じことをしてたというのに)。


「峯岸、詳しい事情は後ほど伺いに参りますので」
「……くそ、だから厄介だって言って」


峯岸さんの慨嘆に近い言葉はしかしながら言い終わらないうちに遮断され、今まで髪を揺らしていた風もふと感じなくなった。一瞬にして空気が変わってしまったのだ。そう、それは言うまでもなく彼の能力のせいで。


『わっ、!』


間髪入れずに襲われた二度目の浮遊感。堪らず目を瞑ると、程なくして背中に感じた衝撃は想像よりもずっと軽くて何故か柔らかかった。薄目で現状を確認すれば、見慣れた天井と家具の配置が視界に入る。それは間違いなく私の部屋のそれであり、たった今放り投げられた着地点も自分のベッドの上だったということを理解して、それから。それから。


「──さて、」


ギシ、とベッドの軋む音がまるで私の思考を遮るようにして響いた。それと同時に発された彼の声は思いの外近く、気付いた時には既に彼は私の上へと覆い被さりながらこちらを見下ろしていた。呼吸が徐々に浅くなるのがわかる。


「どういうことか説明してもらいましょうか、名無し」


久々に合わせた島崎さんの顔はいつも通りの笑みを携えているはずなのに、耳にしたその声は今まで聞いたこともないくらい低くそして明らかな怒気を含んでいた。



─ ─ ─ ─ ─
シマザキは女の子を泣かせて楽しんでそうだけど、峯岸さんは女の子の泣き顔に弱かったらいいなあ…
あ、恐らく次で最後になると思います!






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