最強ヒーローと私

□また出会うヒーロー
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サイタマさんのあの爆弾発言のお陰で見事に心臓と顔面が大変なことになってしまった私。なんとか平静を装いながら歩き続けること数分、ついに目的地であるスーパーへたどり着いた。タイムセール開始五分前である。よし、この何とも言えない気持ちは全部このタイムセールで晴らそう。そうしよう。
しかし一人で意気込む私の横で、サイタマさんはまるで何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。どうしたのだろう。


『誰か探してるんですか?』
「ああ、連れにスーパーの前で待ってろっつったんだけど」
『連れ……も、もしかして彼女さん、ですか?』
「は!?ちげーよそんなんじゃなくてただの……あ、いた」


もし彼が探しているのが彼女さんであれば、今この状況は非常にまずいことだろう。私という見知らぬ女と一緒にいるところを見られたら軽い修羅場と化してしまうのでは……!と思ったのだがそれは違ったらしく、サイタマさんはなぜか僅かに眉を寄せた。もしかしたら彼女という言葉は禁句だったのかも……いやしかしサイタマさんみたいなヒーローになら恋人くらいいてもいい気がするんだけどなぁ。なんて考えていたらいきなり背後から「先生!」という大きな声が聞こえて。びっくりしつつも振り返ればそこには金髪の一人の男性、否サイボーグさんが立っていた。しかもその姿は昨日画像で見たものと完全に一致していて。


『ジェノス、さん?』
「なんだ、ジェノスのことも知ってんのか。俺の名前も知ってたみたいだったし」
『あ、実は昨日ヒーロー協会のサイトでお二人の名前を見つけまして』
「あーなるほどな」
「先生、遅かったので心配しました。もう直にタイムセールが、」


こちらへ駆け寄ってきたサイボーグのジェノスさん。しかし彼の言葉を遮るようにスーパーのタイムセール開始のアナウンスが響き渡って。

(――始まった!!!)
こうして私たちは一斉に戦場へ向かったのだった。



***


「おーお疲れ。遅かったな!」
『さ、サイタマさんたちが速すぎるんです……!』


やっとの思いでお目当ての品を手に入れた私が会計を済ませスーパーを出ると、そこにはひらひらと手を振るサイタマさんと大きな段ボールを抱えるジェノスさんが立っていた。その表情は余裕そのもので、伊達にヒーロー活動をしていないのだと思い知らされる。人の波を潜り抜けるのが精一杯だった私に対し、彼らは目にも止まらない速さでセール品をゲットしていた。ヒーローとはなんと恐ろしいものか。
とはいえ私もいい買い物ができて大満足だ。一度諦めたタイムセールに参加できたのは、紛れもなくサイタマさんのお陰で。やはり彼は私の大恩人だ。


『サイタマさん、今日は本当にありがとうございました!あの怪人が現れた時はもう買い物すらできないと思っていたので……』
「いやいいって。お前も、今日はちゃんと逃げてたもんな」
『!! それは、昨日サイタマさんに教えて頂いたので……』
「おう、えらいぞ」


そう言ってサイタマさんはぽんぽんとレジ袋を持っていない方の手で頭を撫でた。彼にとって私の頭はちょうど撫でやすい位置にあるのだろうか。なんというか、むずむずするようなくすぐったい気持ちになる。何となく気まずくて視線を泳がせていれば、こちらに注がれているもう一つの視線を感じて。ふと顔を上げれば、その人物とバチリと目が合った。それは間違いなく、サイタマさんの横に立つジェノスさんで。何も言わずこちらをじっと見つめる彼の表情はさながら「貴様一体何者だ」と言わんばかりの顰め面であった。徐々に自分の顔が青くなっていくのがわかる。
私はサイタマさんの手が離れたことを確認してから、ピッと背筋を伸ばし恐らく自分を不審がっているであろうジェノスさんに向き直った。


『も、申し遅れました、名無しといいます!サイタマさんのお知り合いにもかかわらず挨拶が遅くなりすみませんでした!!』


なんてことだ。社会人ともあろう者が大恩人のお知り合い様に挨拶無しだなんて、失礼にも程があるじゃないか!私は己の失態を大いに反省しつつ、ジェノスさんに向かって深々と頭を下げた。


「……ジェノスだ、訳あってサイタマ先生に弟子入りしている」
『!! お弟子さんでしたか……』


けれど頭上から降ってくる声は想像していたよりも優しくて、私はホッと胸を撫で下ろした。そしてゆっくりと顔を上げれば再びジェノスさんと目が合う。まっすぐな瞳だった。サイタマさんを本当に尊敬しているんだなって、少し微笑ましい気分になる。きっと彼も私と同じように、サイタマさんというヒーローに魅入られてしまったのだろうと思った。


『私も、昨日今日とサイタマさんに怪人から助けて頂いたんです!なのでサイタマさんは私にとって命の恩人で、』
「! 昨日……そうだったのか」
『今までヒーローとか全然詳しくはなかったんですけど……これが真のヒーローの姿なんだなぁと、そう思ってしまいました』
「ま、つってもC級だけどな」
『いえ、そんなのは関係ありません!』


ぽつりと呟いたサイタマさんの言葉が昨日の同僚が吐いた言葉と重なって、私はつい声を張り上げてしまった。どうやらこの反応は予想外だったらしく、目の前の二人が目を丸くしてこちらを見返した。しまった、つい力が入って……、でも。

でもこれだけは、ちゃんと伝えたかったのだ。


『助けてくれた人がC級とか、S級とか、そんなの関係ないと思うんです。私を三度も救ってくれたのは間違いなくサイタマさんで、だから私からすれば、そんなサイタマさんが一番のヒーローだし、誰よりもかっこいいんです!』


私はまっすぐ、そう断言した。
何としても、この想いをサイタマさんに伝えずにはいられなかった。


「……はははっ!ホント変なヤツだな、お前」
『っ、』


すると少し間が空いて、不意にサイタマさんの笑い声が響いた。そして向けた視線の先には、どこか懐かしそうに目を細めたサイタマさんが映っていて。ばくり、なぜか私の心臓が小さく音を立てた。(……何だろう、この感覚、は)

しかし次の瞬間いつの間にか目の前にいたジェノスさんにガッと勢いよく両手を掴まれ、そんな私の思考は何もかも吹っ飛んでしまったのだった。



また出会うヒーロー
(じぇ、ジェノスさん!!?)
(サイタマ先生の魅力、わかってくださるのですね!?)
(!? なんで敬語に……)
(先生についてのお話、もっとして頂けませんか!)
(とっ、とりあえずそこに転がる段ボールを拾いましょうか!)





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