最強ヒーローと私

□噂立つヒーロー
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「ねぇねぇ名無しちゃん、今朝一緒にいた人って誰?」
『……え?』
「あ、それ私も思った。最近になって毎日のように一緒に歩いてるよね?帰りも!」
『あ……えっと、その、』


サイタマさんに送り迎えをして頂くことになって数日が経ったある日。私が出勤の日は毎日その制度が適用されるというサイタマさんの言葉はどうやら本当だったみたいで(いや、決して疑っていたわけではないのだけれども)。でもそんなこんなで毎日出勤・退勤を共にしていれば、そりゃあ否が応でも同じ社員には目撃されてしまうわけで。特に女性という生き物はそういった類の話題が大好きなわけで。
つまるところ、今の私は見事にそんな彼女たちの餌食になっているのである。


「もしかして彼氏なの?彼氏できたの!?」
『へ!? あ、いや違、』
「でも並んで歩いてた彼、だいぶ奇抜な格好してたよね?それにハ……スキンヘッドだったけど、もしかして名無しちゃんってそういった人が好みなの?」
「え、何?なんの話?」
「名無しちゃんの彼氏の話!」
『いやだから違っ』
「何それ詳しく聞かせて!!!」


こわいこわいこわい。目の前の女性社員が目をぎらつかせて私を取り囲む。私はその並々ならぬ威圧に耐えかね数歩後ずさるがどうやら彼女たちからは逃げられないようで。思わずごくりと唾を飲み込んだ。どうして恋愛事になると女性の眼はこんなにも凄まじい威力を放つのか。というか恋愛話でも何でもなく、これはただの彼女たちの妄想だということを忘れてはならない。サイタマさんが私の彼氏だなんて、そんなのサイタマさんに失礼じゃないか。彼は私の命の大恩人であり、たった一人のヒーローなのだ。彼はこの不幸体質(これは会社でも周知の事実である)の私を助けるためにわざわざボディガードを務めてくださっているのだと、舞い上がっている彼女たちに一通り説明を試みたが文字通り聞く耳を持たなかった。これは本格的に困った。


「とりあえず実物見た方が早いんじゃない?」
『え』
「だって今日も来てるんでしょ、彼」
『だ、だから彼氏でもなんでもなくてですね!』
「よし、そうと決まれば早く帰る準備しましょ!」


人の話はちゃんと聞きましょうよ社会人。しかしそこからの女性陣は本当に早かった。皆あっという間にデスク周りを片付け、着替えも終え、気付けば私は会社の玄関に立っていた。なんということだ、恐るべし女性陣の行動力。
(……って、感心してる場合じゃない!)
やばいやばい、このまま会社の前で待っているサイタマさんと鉢合わせしてしまったら、彼女らは確実にまた質問攻めを仕掛けてくる。そんなのサイタマさんにとっては、迷惑以外の何物でもないわけで。ただでさえ貴重なお時間を私の送り迎えのために費やして頂いているというのに、これ以上彼の手を煩わせるわけにはいかない。
これは何としても阻止せねば!と意気込んでいた私だったが、しかしここでも女性陣の猛攻が待っていた。声をかけようとした私よりも先に、彼女らは目にもとまらぬ速さで一斉に外へ飛び出したのである。嘘でしょ。


『っちょ、だから本当に彼氏じゃないんですってば!!!』


私もすかさず後を追うように外へ飛び出した。ああもう終わった。ごめんなさいサイタマさん、私のボディガードを引き受けたばかりに我が社の恋愛沙汰大好物な女性陣の餌食になってしまうなんて。お詫びに後で何かご馳走させて頂こうそうしよう。
――けれども、そんな私の視界へ飛び込んできたのは予想外の光景で。


「きゃああああっ!!!?」
『え、あれ……ジェノスさん?』


私の目の前では、なぜか先程先陣を切って外へ飛び出したはずの女性たちが一人のサイボーグ……もといジェノスさんへと群がっていた。前にも言ったがここの社員は人一倍ヒーローマニアが多く、こうやってヒーローと出会えば所構わず握手サインとせがむのだが、しかしどうして私の会社の前にジェノスさんが……?


「名無し、」
『!!!』


わいわいぎゃあぎゃあと賑やかな光景をひとり眺めていたら、いきなり横から名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、人だかりから少し離れたところに立っているサイタマさんと目が合って。その姿に少し違和感を感じたのは、彼がいつものヒーロースーツではなく私服姿だからなのか。とりあえずパーカーにプリントされている文字は見なかったことにしようと思う。


「お疲れ、」
『あ、さ、サイタマさんもお疲れ様です!えっと、どうして今日はジェノスさんも?』
「ああ、お前迎えに行くって言ったらついていくって聞かなくてさ。で、連れて来たら案の定これだ」


サイタマさんが横目でジェノスさん(とファンの群れ)を指した。いつの間にか社員だけでなく歩行者の群れも混ざりそれはそれは大混雑になっていた。しかしその光景を対して気にする様子もなく、サイタマさんはくるりと踵を返してまっすぐ帰路へ着こうとする。


『え、あの、ジェノスさんはこのままでいいんですか?』
「うん、そのうち自分で抜けてくるだろ。ほら帰るぞ」


そのままスタスタと歩を進めるサイタマさん。私はジェノスさんの様子が気になりつつも、前を歩いていく彼の背中を追うことにした。



噂立つヒーロー
(ジェノスさん、本当に大丈夫ですかね……?)
(アイツもああいうの慣れてるし平気だろ)
(そもそも私の同僚が騒ぎ立ててしまったし、悪いことしたなあ)
(…………)
((え、ちょ、今日サイタマさん歩くの速い……!))





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