元アイドルとの生活

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「それじゃあ?さん、休憩取っちゃってください。」
『ありがとうございます。』

店長にそう言われエプロンを取りながらスタッフルームに向かった時、背後から「ひっ…!」と小さな悲鳴が聞こえた。間違いなくトッティの声だ。恐る恐る背後に目をやると、そこには五人の悪魔がニヤリと立っていた。

「お姉さーん、今から休憩だったら一緒にお茶しなーい?」

そう言ったのは赤パーカーのあいつ。ていうかこんなオシャレな店にパーカーでくんな。露骨にイヤな顔をする私に気にすることなく五人が歩み寄る。

「あれぇ〜?そこにいるのはニート仲間のトッティじゃないかぁ〜。」

チョロ松が私には見せたことのない黒い笑顔でトッティに詰め寄る。なんてことだ、もうダメだ。二人でwinwinだと思ったのに、こいつらの手にかかれば一気に負け組に引きずり込まれる。

「え、え?どちら様?」
「しらばっくれんなよ、トッティ。」
「トッティ!」
「一人だけ童貞抜け出せると思った?」
「甘いぜ、ブラザー。」

なんなんだこいつら。怖すぎるだろ、なんでバイト先がバレたんだ。なんの痕跡も残していないはずなのに!
トッティといる女の子達は明らかに同じ顔の五人に引いて…というかトッティのニートという事実に引いて帰り支度を始めている。

「ま、待ってよ!僕こんな人達知らない!」
「同じ顔してそんな言い訳通用するかよ。」

呆れ顔のおそ松。いやいや、邪魔してやんなよ、クズかよ。
まあいい、矛先がトッティに向いている間に私は逃げよう。そう思ったが、そんなこと許されるわけなかった。

「?ちゃん待って!」

さっきまでトッティを引きずり落としていたチョロ松がわたしの腕を掴む。なんでだよぉ、バイト先くんなよぉ。

『なんでここでバイトしてるってわかったの?』
「えっと、その…」
「トド松の後つけてたら見つけた。」

言葉に詰まるチョロ松に一松が助け舟。まじかよ、じゃあトッティのせいじゃん。トッティが来なけりゃバレなかったじゃん。とにもかくにも、ここは店内だ、他のお客さんの迷惑になる。私はひとまず店長に謝罪し、少し長めに休憩をもらうことにした。そして、面倒なのでチョロ松以外の五人にはお引き取り願う。トッティの背中がとんでもなく哀愁漂ってるけど、慰めてやらん。お前のせいだからな。そして何か言いたげなチョロ松と店外に出る。

『で、なんか用?帰ってからじゃダメ?』
「ちゃんと帰ってくる?」
『そりゃ帰るよ、当分お金もないし。』
「そっか…そっか、よかった。」

なんだ、そんなことか。まだ初日で給料すらもらってない。あの家に帰らないという選択肢はまだ私には選べないのに。それなのになんて心配そうな顔をするんだチョロ松。

「その、なんか生活に不満あった?」
『全然、むしろ快適。』
「だったら、なんで⁉」
『だってそういう約束じゃん、仕事見つけて自立出来たら出て行くって。』

それに、これ以上あの生活に慣れてしまったらもう本当に抜け出せなくなる。ずっとこのままでいいか、なんて考えてしまう。だから、不満が特にないからこそ、だ。

「そうだよね、僕が言ったんだったね。」

すこし俯向くチョロ松。どんだけ私と居たいんだ。勘弁してくれ、私はあんたの童貞にしか興味はない。

「…でも、せめてバイトするって教えてほしかったな。」

そう言って困ったように、少し悲しそうに笑ったチョロ松の顔を見るとチクリと胸が痛んだ。何考えてんだ私。

『ごめん、戻るわ。』
「うん、頑張ってね。」

チョロ松に見送られバイト先に戻った。
戻ると店長に心配されたが、特にクビとかそういう話にはならなかった。少しお店を騒がせてしまったが、まだ続けていて良いらしい。店長の心の広さと自分の可愛さに感謝しながらその日は働いた。

チョロ松のあの顔が頭から離れなかったのは、なにかの間違いに違いない。




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