泡沫のイーハトーヴ

□其ノ参 お腹が空いた審神者
2ページ/7ページ


厨までやってきた燭台切は、廊下で息を潜めていた。

(誰?)

今、この本丸に、自分以外で厨を使う刀剣はいないはず。しかし、厨に電気がついている。もしかして、と思いながら、燭台切はそっと厨を覗きこんだ。

台の上に、大きめの箱が二つ。その側にはたくさんの食材が並べられている。久しぶりに見る、新鮮な食材の山に思わず一歩踏み出したそのとき、何かが崩れ落ちる音がした。

「きゃっ」

どうやら外のようだ。勝手口から外を見ると、積んでいたはずの薪が地面に散らばっていた。そして、その薪の下敷きになっているのは、今日初めて見た顔。

「痛てて……」

燭台切が見ているのに気づいていない彼女は、薪の下から足を引っ張り出しておもむろにズボンの裾をまくりあげた。

(あ、あれって……)

厨から漏れる微かな光に照らし出されたのは、異様なまでに傷だらけの脚。擦り傷はもちろん、切り傷、打撲傷、刺し傷、挙げ句の果てには火傷の痕まで見える。まともな肌色が見えないほどまでぼろぼろになったその脚に、燭台切は首を傾げた。

人間って、あんなに傷だらけになるものだっけ?時間が経てば治るんじゃなかった?

「……あー……まずいかも」

聞こえた小さな呟きに、燭台切は意識を彼女に戻した。彼女は脚をペタペタと触って何かに気づき、顔をしかめてからズボンをおろす。そのまましばらく座り込んでいた彼女は、一つため息をついてから立ち上がった。

(大丈夫かな?)

ふらふらしながらも散らばった薪を拾い集める湊。八割がた拾い終わり、片手に薪を数本抱えたまま最後の一本に手を伸ばしたところで、彼女の体はぐらりと傾いた。

「あっ」
「っ!」

小さな悲鳴をあげた彼女が、受け身も取らずに倒れこむ。地面に激突する、と湊が衝撃を覚悟した刹那、体が空中で止まった。

「……あ、れ?」
「っ、はぁーーっ……」

腕から溢れた薪がばらばらと落ちる。頭上から聞こえた深いため息に、湊は顔をあげた。自分を見つめる金色の切れ長の瞳と目が合う。呆れの色が濃く見えるその瞳の持ち主は、じっと湊を見つめたまま言った。

「……大丈夫?」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
「立てる?」
「ええ」

そっと抱え起こされて、体勢を立て直す湊。しかし燭台切が手を離した途端、彼女はふらりとバランスを崩した。すかさず腕が伸びてきて、その肩を支える。

「……駄目じゃん」
「…………すみません」
「はぁ……で、どうしたの?」
「えっと、右足挫いちゃったみたいです」

片足を挫いて、あれだけ動けていたなんて……。彼女の高い運動神経を褒めればいいのか、無茶はするなと叱ればいいのか、燭台切は複雑な気持ちになった。そんな彼の心境は露知らず、湊は燭台切の腕の中でぽりぽりと頬を掻いている。

「…………」
「あ、えっと、ほんとに大丈夫ですよ。歩けますから」
「でもさっき」
「薪も拾えましたし、さっきのは偶然ですって。それに重いでしょう、私。お手を煩わせるわけにもいきませんし、どうか…」

…ダメだこりゃ。
燭台切は目頭を手で覆ってから、湊の腰をがっしりと掴んだ。

「え」
「ちょっと失礼」

そんな燭台切の声と同時に、湊の足が地面を離れる。驚きに固まる彼女を俵担ぎにして、彼は厨に戻った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ