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□どうか私を……
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「(困ったなぁ……)」

私は一人で立っていた。
いや、立っているという表現はおかしい。
だって私の身体は今寝ていて、そして私の魂は身体を離れて、眠る私を見ている状態なのだ。
そう、幽体離脱ってやつ。
眠る私は機械がないと呼吸すら出来ない。

ことの始まりは二週間前。
私は仕事の帰りに交通事故にあった。
酔っぱらいによる暴走で事故に遭った私は、病院に運ばれて手術を受けた。
でも、私の身体はもう言うことを聞いてくれない。
脳死という状態なんだって。
この機械がなければ、私はすぐに死んでしまう。

「(困ったな、どうしよう……)」

私はため息をついた。
特に生に執着があった訳じゃない。
仕事のことも、人間関係も、もう悩まなくて良いのは気が楽。
でも、だからといって全く後悔がないわけじゃないんだ。

「おそ松……」

松野おそ松は私の彼氏。
ニートで屑で、人のお金で飲むお酒最高とか言っちゃうどうしようもない人。
でも、嫉妬深くて面倒くさがりで愛想もない私のことを、見放さずに支えてくれる優しい人。
そんな彼に私は別れも告げられないまま、こうして生死の境目をうろうろしてる。
私は彼を残していなくなる。
それが一番の後悔だ。

「よ、名前」

扉を開けて、いつもの笑顔で彼が病室に入ってきた。
幽体の私には気づかないまま、彼はベッド横の椅子に腰かける。

「聞いてよ、昨日トド松と釣り堀に行ってさー」

普段の何気ないことを話し始める。
私が事故に遭ってから、彼はこうして毎日来て話をしてくれる。
おそ松は、私が目覚めることを、奇跡を信じている。
でも私にはわかってるんだ。
もう私は目覚めない。
おそ松と話すことも、一緒に歩くことも出来ない。

「(ごめんね……)」

この幽体の身体は日に日に弱ってる。
そのうち、幽体の私も動けなくなるんだ。
きっと、私がこうして幽体になれているのは、おそ松にお別れを言うため。
おそ松にさよならをして、成仏するためなんだ。
そんなこと気づいてる。
わかってるんだよ。
自分がもう一緒にいられないことくらい。
でも、それでも、私はおそ松から離れられずにいる。
幽霊でもいい。
おそ松に私の姿が見えなくても良い。
ただ、側にいたい。
消えたくない。

「(おそ松、ごめんね。
ごめんなさい……)」

あなたのことを思えば、きっとさっさと成仏して、おそ松の背中を押すべきなの。
でも、そんな勇気は私にない。
だからこうして、謝ることしか出来ない。

「でさ、カラ松のサングラスを一松が……」

彼は私が頷くこともしないのに、ずっと話し続ける。
二週間、彼は涙も見せずにこうして話をしてくれる。
その時間が至福であり、同時に虚無感を生む。
私はここにいないんだって、実感してしまう。

おそ松はいつも面会終了ギリギリまでここにいてくれる。
時々手を握ってくれる。それが少しだけ寂しい。
だって私にはなにも感じられないから。
おそ松が握ってくれてるのに、私にはその温かさが感じられない。

「もう面会終了かー……
んじゃ、またな名前」

彼が立ち上がる。
いつもならここで私もバイバイをするんだけど、今日はしなかった。
おそ松の家までいってみたい。
もう少し側にいたい。
私は帰路につくおそ松にそっとついていった。






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