short〈ウルトラ〉

□10,000hit フリリク企画B
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花は今、巨大化したコスモスの手のひらに乗り、広大な宇宙空間を飛行していた。
通常、何の装備も無しに宇宙に飛び出そうものなら、人間である彼女はひとたまりもないのだが、そこは流石のウルトラ戦士といったところか。
真空状態の宇宙でも十分な呼吸が出来るように、花の周りには薄い黄色のシールドが張られていた。

実は彼女、一度こうして宇宙を旅したいと思っていた。
だが宇宙旅行に行くには、莫大なお金も、それに伴う知識も必要だ。
加えてかなりの技術力が要されるという事もあって、単なる夢物語として考えていたに過ぎないのだが、一体何処で聞きつけたのか、コスモスが花の為に、と旅行の同伴者に名乗りを上げたのだ。


あまねく星々の間を縫う事、数十分。
花とコスモスの正面に、何処となく地球に酷似した惑星が姿を現した。


「わあっ!あれが、遊星ジュランですか!?」

「ああ。美しい星だろう?」

「はい、すっごく綺麗です!」


眼前に鎮座する惑星──もとい遊星ジュランを見つめ、花はやや興奮気味にコスモスを仰ぎ見る。
すると彼は、手のひらに収めた彼女の小さな身体を見下ろしてから、自慢げな口調でそう答えた。

初めて見る地球以外の惑星に、きゃあきゃあと楽しげにはしゃぐ花。
そんな彼女を苦笑交じりに一瞥し、コスモスは遊星ジュランへと降り立った。


「さ、着いた。ああ、転ばないように気を付けて」

「はーい」


ジュランへ降り立ってすぐ、その場にひざまづいたコスモスは、地面すれすれに自身の手のひらを近付けた。
彼の気遣いを背に手のひらから飛び降り、花はスウ、ハアと何度か深呼吸する。

見た目は勿論の事、きちんと酸素がある辺りも、やはり地球にそっくりだ、と心内で一人ごちた。


「おお…」


だが一つだけ、唯一地球とは異なる点があった。
それがこの空である。青色に映える白い雲までは地球と一緒だが、その側で異彩を放っているのは、太陽とはまた別の惑星。

土星のように輪っかがあるものや、雪が降り積もっているかのように真っ白いもの。
はたまた、縞模様が幾つも入ったもの、など。

少なくとも、彼らウルトラ戦士と出会う前には、決してお目に掛かることのなかった光景だったろう。


「気に入ったかい?」

「はい!…って、え!?コ、コスモスさん!?」


ポカンと口を開けて天を見上げる花の背後から、穏やかな声音が響く。
えらく至近距離で聞こえた声に首を傾げつつ、後ろを振り向いた彼女はギョッと目を剥き仰天した。


「ぅええっ!?な、何で人間に!?」

「はは、期待通りの反応をどうもありがとう」

「いえいえ、どういたしましてー…じゃなくて!」

「ああ、うん。以前、私が地球にいた頃、共に過ごしていた青年の姿を借りたんだよ。此方の姿の方が幾分か動きやすいし、何より花の近くに居られるからね」


パチリ。器用にウインクしてみせるコスモスは、いつもの青い身体ではなく、茶髪の好青年の姿をしていた。
『爽やか』という表現がしっくりくるその姿に、知らず花の心臓が跳ねる。

苦しいくらいにドキドキと心臓が高鳴り、堪えきれずに身体を折り曲げた時の事である。


バサバサ、と鳥が羽ばたくような音が頭上からして、花はおもむろに空を見上げた。
するとどうだろう。彼女の真上に黒く大きな影が掛かったかと思えば、巨大な青い怪鳥が甲高い鳴き声を上げ姿を現したではないか。


「うわわわっ、な、何あれ!?か、怪獣!?嘘、あたし食べられちゃう!?」

「大丈夫だよ。落ち着いて」

「こ、これが落ち着いていられ、…いやああっ、ち、近付いてきたあっ!!」


予想外の展開に盛大にパニックに陥る花と、反対に意外なほど冷静なコスモス。
ウルトラ戦士でもある彼が「大丈夫」だと言うのだから恐らく問題ないのだろうが、だからといって安全だという保障は何処にもない。

逃げ出そうとする花の腰を抱きその場に縫い止めていたコスモスは、ややあって地面に巨大な鉤爪を下ろした怪鳥の元へ彼女共々近付いた。
ちょ、離して、怖いから!間髪入れずに傍らから悲鳴紛いの声が上がったが、全く気にする素振りも見せず彼は着々と歩を進める。


「ひいいっ…!」


コスモスさんの鬼!悪魔!そんな怒りを込めて睨むが、当の本人は飄々としたままである。
どうやら、どんな抵抗も無意味のようだ。


「やあ、リドリアス。元気だったかい?」


少しの間を置いて、コスモスが怪鳥に向かってにこやかに声を掛ける。
すると怪鳥は、きゅう、やら、くう、やら、何とも表現しにくい鳴き声を上げてそれに答えた。

リドなんたら〜は、この生き物の名前らしい。
って、呑気に挨拶なんかしてる場合じゃ…!顔を青ざめさせた花がそれを口にするよりも早く、怪鳥は首を伸ばして彼女に嘴を近付けた。

スンスン、スンスン。匂いを嗅いでいるのだろう、嘴の付け根にある鼻と思しき部位から空気が漏れ出る。


「ううう、コ、コスモスさぁん…っ」

「大丈夫だって。彼は心優しい怪獣だから」


ほら、触ってごらん。助けを乞う花を軽くいなし、コスモスは彼女の右手を取って怪鳥へ近付ける。
ビクビクと身を縮こまらせる彼女をジッと見据え、やがて怪鳥は優しく嘴を触れさせてきた。


「……へ…?」

「だから言ったじゃないか。彼は優しい、って」


てっきり頭からガブリと食われてしまうとばかり思っていた花にとって、正直この展開は予想外だった。
クスクスと楽しげに笑うコスモスにつられるまま、右手に触れているだけの嘴をゆっくりと撫でてみる。

途端、目の前の怪鳥──もといリドリアスは、気持ち良さげに目を細めた。


「〜〜〜っ、か、可愛いっ…!」


先程まで抱いていた恐怖心は何処へやら。
花は目を輝かせると、リドリアスの顔に飛び付くような形で勢いよく抱き付いた。

遠目だとゴツゴツしているように見えた青い体躯は、意外にも柔らかく気持ちが良い。
獣独特の匂いが鼻腔を掠めたが、さほど嫌な気分にはならなかった。

そうして暫く、フワフワの体毛を堪能していた折り。
あ、そうだ。何かを閃いたらしいコスモスがポソリと呟いたのと同時に、花の身体が持ち上がった。
 

「ひゃ…っ!?な、何…!?」

「折角だから、彼の背に乗ってみると良い。──良いだろう?リドリアス」


彼女の腰を掴み、背後から抱き上げる格好で持ち上げたコスモスは、驚く花を余所に柔和な笑みを浮かべたままリドリアスに問い掛ける。

すると問われたリドリアスは、暫し花を見つめた後、首を地面に伏せた。


「…え…。これは、良いって事なのかな…」

「くるるる…」

「ふふ、良いってさ」


相変わらず、どう表現すれば良いのか分からない不思議な鳴き声だったが、幸いコスモスには彼の言いたい事が分かったらしい。
表情を明らめる花の顔を一瞥し、コスモスは彼女をリドリアスの頭部、赤いトサカの付け根部分に座らせた。


「じゃあ、リドリアス。よろしく頼むよ」

「お、お願いしますっ!」


期待と緊張で逸る胸元を押さえ、トサカの中心にある一際長い部分を手で掴む。

それに合わせて、リドリアスは大きな翼を広げてから大地を蹴った。


「…っ、」


強い風の抵抗があったのは、ほんの一瞬。
次の瞬間には、穏やかな空気が花の身体全体を優しく包み込んでいた。

バサリ、バサリ。リドリアスの翼が上下する度、空気を切る音が辺りに響き渡る。
その度に、近くの雲が掻き消えていった。


「すっごーい!早いね、リドリアス!」

「こらこら。あまりはしゃぐと落ちるよ、花」


飛行機やヘリコプターに乗っただけでは絶対に味わえない貴重な経験に、花は子供のようにはしゃいでみせた。
するとごく至近距離から、彼女の行動を諌めるような声が聞こえてくる。

声のした方向へ顔を向けると、そこには元の巨人姿に戻ったコスモスが並行するようにして飛んでいた。


「だって、本当にすごいんだもん!」


コスモスの心配も何のその。花は無邪気に笑いながらそう言い返すと、次いで、もっともっと!とリドリアスをせっつき始めた。

リドリアスは人間のように嘴の端を上げ、彼女の要望に応えるべく飛行のスピードを上げる。
勿論、花が転落してしまわないように、彼なりの細心の注意を払いつつ。


「やれやれ…」


きゃあーっ!ぐんと上がったスピードに興奮気味な声を上げる花を見据え、コスモスはクスリと微笑んだ。








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