short〈ウルトラ〉

□10,000hit フリリク企画C
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あれから、更に数十分後。
一旦、自分の部屋に戻った花は、昨日の夕食の残り物などを片っ端から詰め込んだ重箱を左手に提げ、再びヒカリの研究室を訪れていた。

本日二度目の訪問ともなれば何ら躊躇う必要もなく、ノックもそこそこに研究室の自動扉を潜り抜ける。


「ヒカリさーん、生きてますかー?」

「馬鹿を言うな。まだ生きてる」

「あは、良かった」


小馬鹿にするような台詞を紡ぎながら中へ入ると、先程まで床に倒れ込んでいたはずのヒカリは、いつの間にかソファに移動しており、此方を睨み付けていた。

ただでさえ鋭い眼光の持ち主なだけに、その睨みは中々に恐ろしいものであったが、先刻の情けない姿を目にしている花からしてみれば可愛いものである。
ふふんとほくそ笑みながらヒカリの傍に寄ると、彼の眼前に出来たてホヤホヤの重箱を置いてやった。


「はい、どーぞ」

「すまん。…ん、しかし、馬鹿にデカすぎないか?」

「当たり前です。あたしも食べるんですから」

「な…」


目の前に置かれた重箱の大きさに瞠目し思わずそう問い掛けたヒカリは、返ってきた返答にギョッと目を剥いた。
確かに、空腹に耐えかねて彼女を此処まで呼び付けたのは自分だが、まさか一緒に食事をする事になるとは思ってもみなかったのだ。


「待て。食べる、って、此処でか?」

「だって、お腹空いたんですもん。それに晩ご飯まだだったし、ちょうど良いかなーって」


戸惑うヒカリには一切気付かず、陽気に笑いながら箸やら取り皿やらの準備をする花。
そんな姿を目にしてしまった以上、無理矢理追い出す訳にもいかず、結局閉口するしかなかった。


「さ!食べましょう。…っていっても、適当に詰め込んだだけなんですけどね」


一方花は、ヒカリの心境など知る由もなく、気恥ずかしげに頬を赤らめてから重箱の蓋を外した。

途端、彼の両目が捉えたのは、色鮮やかなおかずたち。
ふんわりした厚焼き玉子に、唐揚げ。たこの形をしたウインナーに、ポテトサラダなど。
とても短時間で作ったとは思えない見事な出来栄えに、ヒカリは思わず「おお…」と声を漏らした。


「え、何ですか、その反応」

「ああ、いや。見事なものだと思ってな」

「ええ?そんな馬鹿な。だって、ほとんど残り物とか、出来合い物なんですよ」


ほら、これとか。そう言って花が指差した唐揚げを、ヒカリは箸で摘み上げ、そのまま口内へ放り込んだ。
小振りのそれはモグモグと咀嚼するごとに肉汁が溢れ、にんにくの味わいが口いっぱいに広がる。


「ん、美味い」


ゴクリ。程なくして口内の物を飲み込むと、ヒカリは満足げに笑んでみせた。

基本、仏頂面がデフォルトなはずの彼の笑顔を見るのは初めての事で、花の心臓が少しばかり踊る。
思いがけず早まった鼓動にどきまぎしながら、彼女もまたそれを振り払うかのように、おにぎりに手を付けた。


炊きたてのご飯から拵えたおにぎりは、塩味がよくきいていて美味だ。
我ながら上手く出来たかも、と自賛気味に頬を緩めていた花は、不意に傍らから感じた眼差しに気付き、怪訝そうにそちらへ視線を向けた。


「…何ですか?」

「顔、付いてるぞ」

「え!?うっそ、やだ、ちょ、何処ですか?」

「そこだ。もう少し右、ああ違う、行き過ぎだ」


どうやら、頬にご飯粒が付いてしまっているらしい。
急な指摘に頬を薄く染めつつ、ヒカリの指示に従って手のひらを動かす。

だが、ただでさえ小さな粒を手探りで探すのは中々どうして難しく、見当違いの場所ばかり探る花にヒカリは溜め息を吐いた。

そして───。


「ほら、此処だ」


結局、言葉で伝える事を諦めたヒカリは、花の頬に指先を近付けると、彼女の唇近くに付いていたご飯粒を指の腹で掬い取り、躊躇う事なく自身の口内へと運んだ。


「…っ!!?」


瞬間、まさしく文字通り花が噴火した。
…いや、実際には、『噴火せん勢いで頬を赤らめた』という表現の方が正しいかも知れない。

目の前で起こった花の急激な変化には、冷静さが売りのヒカリでさえも動揺を隠せなかった。


「な…っ、な、何だその顔は!」

「っ、こ、これは、その…。何でもないですっ!こっち見ないでください!」


動揺の所為か、僅かに語気が強まったヒカリに対し、花が羞恥に身を震わせながら言い返す。
が、科学者としての性分故か、見るなと言われれば言われる程、無性に気になってしまうものらしい。

ヒカリは先程までの動揺していた姿から一変、本来の科学者然とした顔立ちに戻ると、自身の隣で悶絶している花をジッと見つめ始めた。


「……ふむ」

「………っ、な、何なんですか!見ないで、って言ったじゃないですかっ!」

「いや、なに。…人の体温が急激に上昇する理由には体調不良や純粋な羞恥によるものが挙げられるが…、お前のソレは一体どちらに当てはまるものなのか、と思ってな」


ジロジロと不躾な眼差しを向けられ、花はムスリと唇を尖らせながら抗議の声を上げる。
しかしヒカリはそんな彼女には目もくれず、自身の顎に手を添えてから、えらく神妙な口調でそう告げた。


「〜〜〜〜っ、っ!!」

「で?結局どちらなんだ?…今後の研究の為にも、是非とも詳しく話を聞き、ぶっ…」

「知らないっ!!ヒカリさんのばーか!」


こうなった原因が自分の所為だとは微塵も思っていないヒカリのそんな発言は、今の彼女には禁句だったようだ。

花は手近にあったクッションをヒカリの顔面に向かって思い切り投げ付けると、子供じみた嫌味を最後にバタバタと研究室を飛び出した。


「……くそ、アイツ…思い切りぶつけやがって…。ったく、俺が一体何をしたって言うんだ…」


一方、その場に取り残されたヒカリは、結構な衝撃と共に顔面にクリティカルヒットしたクッションを睨み付け、ぶちぶちと文句を垂れていたという。








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