short〈ウルトラ〉

□10,000hit フリリク企画F
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「花」

「は、はい」

「…先程のアレは、本心という事で良いのか?」


花が控えめに腰を下ろしてすぐ、ようやく本来の冷静さを取り戻したらしいレオが静かな口調でそう問い掛けた。

う…。一瞬言葉に詰まったが、今ここで嘘を吐いたところで何の意味もない。
それならば、と正直に頷いてみせると、その様子を黙って見つめていたレオがフウと息を吐き、続けてベンチの背凭れへと手を伸ばした。


「え、レ、レオ、さん…?」


自身を挟み込むような、もとい覆い被さるような体勢を取ったレオに、ヒクリと唇の端が引き攣る。
そんな状態のまま声を掛けた所為か、彼の名を呼んだ声は酷く震えていた。


「え、えへへー」

「…シッ」


いつもと違う雰囲気を纏ったレオが何だか恐ろしくて、それを悟られまいと苦笑ってみる。
だが期待していたような効果があるはずもなく、逆に「何も言うな」とばかりに諫められてしまった。


「…っ」


花の細い指とは違う、節くれだった親指が唇を這う。
暫しの間、感触を確かめるかのように動いていたそれは、やがて彼女の顎の下へ移動した。

顎に添えるだけだったレオの太い指が、くい、と花の顔を上向かせる。
同時にゆっくりと自身の顔に影が掛かり始め、そこでようやく彼の取らんとしている行為が何なのか理解した。


「(キ、キスの時って、目は瞑るんだよね…?)」


誰に問うでもなく、自問する形で一人ごちる。
無論、それに対する答えが返ってくる訳も無いのだが、それだけ彼女が動揺している、という事なのだろう。

花はゴクリ、と緊張気味に生唾を呑み込むと、ややあって静かに両の目を閉じた。


「ッ、」


クッと、息を呑む音が聞こえる。
何だ、レオさんも緊張しているのか。なんて呑気に考えていたのも束の間、レオの薄い唇が花のそこに吸い付いた。


「ん…」


鼻に抜けるようなこもった声は、花とレオ、一体どちらのものなのだろう。

幼子の戯れにも似た触れ合うだけのそれは、キスと呼ぶにはあまりにも拙い。
だが、いい歳をした男女の睦み合いがただそれだけで終わる訳もなく、花の身体から力が抜けた隙をついて、背凭れを掴んでいたレオの手が彼女の後頭部に添えられた。

え?感じた違和感に疑問符を浮かべるよりも早く、後頭部の手に力がこもる。
瞬間、僅かに開いていた隙間が一気に埋まり、先程までの拙い口付けが嘘だったかのように深く深く重なった。


「っ!?んんっ…!」


再び聞こえた声は、花の方から漏れ出たものだった。
肺の中にかろうじて残っていた酸素ごと唇を封じられ、たまらず眉間に皺が寄る。
あわや酸欠寸前、といったところで目の前の胸板に数度拳を打ち付けると、彼女の危機に気付いたらしいレオが慌てて身体を離した。


「ぷぁっ…!はあ、はあっ、し、死ぬかと、思った…」

「す、すまん!つい…」


解放されてすぐ、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
酸欠状態に陥りかけた為か、花の心臓はバクバクと激しく脈打っていた。

無意識の内に溢れていた涙を指の腹で拭いつつ、嗄れ声で紡いだ台詞にレオが慄く。
真っ青な顔でわたわたと慌てふためく彼を見るのは初めての事で、ふふ、と花が緩やかに口角を持ち上げた。


「…っ、(ああ、マズい…)」


美しいという表現がしっくりと当てはまるその微笑みは、レオを昂らせるには十分すぎるものであった。
強靭な精神力で押さえ付けていた箍が外れ、体内を流れる血液に乗って、滾る熱を身体中に巡らせる。

地球の暦で成人済みとはいえ、万年を生きる自身からすればまだまだ子供。
そんな花を相手に、こうも簡単に欲情してしまうなど思ってもみなかった、とレオは自虐的に苦笑った。


「…あれ?レオさん、どうし、…きゃっ…!」


ガンガンと脳内で警鐘が鳴り始めた時には、既に身体が動いていた。

頬を鮮やかな朱色に染めた状態でコテンと首を傾ぐ花を、力一杯抱きすくめる。
途端、耳元でひゅっと息を呑む音が聞こえたが、敢えてそれには気付かぬ振りをして、レオは無言のまま彼女の柔肌を掻き抱いた。


「ちょ、レオさ、」

「花。──お前が、欲しい」

「ほ…っ!?」


興奮しているのだろうか。酷く熱い吐息が首筋に当たり、下腹部がゾクゾクする。
まさかの展開に頭は真っ白になり、この状況から逃れようにも身体が言う事を聞いてくれなかった。


「じ、冗談、」

「あいにく冗談は好かんタチでな。……嫌か?」


耳元で囁かれた台詞が、花の鼓膜を揺らす。
イエスかノーか。投げ掛けられた問いに対する答えがその二択しか無いのであれば、恐らく『ノー』と答えるだろう。

だが、だからといって、今すぐ彼に身を委ねる勇気などある訳もなく。
あーうーときっかり5分間悩み続け、やがて花は躊躇いがちに口を開いた。


「や、優しくしてくれるなら、…構いません」


それを口にした直後、身体が小刻みに震え始めた。
緊張と恐怖、そして少しの期待。色々な感情が混ざり合い胸中を埋め尽くしたが、頭を振る事でそれを誤魔化す。


「…ふっ、任せておけ」


レオは花の頭を優しく撫で付けると、彼女の背と膝裏に手を回し立ち上がった。
途端、ぐんと一気に視界が高くなり、慌てて目の前の太い首に抱き付く。


「ど、何処へ?」

「俺の部屋だ。…流石に此処では、な」


一体何処へ行くのか。ふと浮かんだ疑問を口に出し、続く答えにぱちくりと目を瞬かせる。
が、数秒もせぬ内にレオの言わんとしている事が分かり、花の頬に熱が集まった。


「……、あの、…お手柔らかにお願いしますね」

「約束は出来ん。…が、善処はしよう」


花は一度大きく深呼吸すると、自らレオの胸板に凭れ掛かりポツリと呟いた。
すると、トクトクと少しばかり早い鼓動に紛れ、自信なさげな返答が返ってくる。

困ったように眉根を寄せるレオは、照れ臭いのか、ほんのりと目元を赤く染め上げて、あらぬ方向を見つめていた。

先程までの情欲的な態度から一変、いつもの生真面目で武骨な彼に戻った事に安堵し、花はクスリと微笑む。
そして、緊張で強張った身体から力を抜くと、両目を閉じ愛しい恋人に身を委ねた。




ちなみに後日、ユリアンから“協力料”と称して、事の仔細を根掘り葉掘り聞かれる羽目となったのは言うまでもない。








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