青氷姫


□Interlude ―暁星―
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 マルコの部屋で寝起きするようになって、そろそろ1カ月を超えるぐらい。女の身体で生活するようになって3週間が過ぎる。ということは、この身体が正常に機能するなら、たぶんそろそろ。

「……どうした、目ぇ覚めちまったのか?」
 マルコを起こしてしまったらしい。まだ夜明け前。星が綺麗に瞬いている時間。
「ごめんなさい、大丈夫……」
「ん……………そういえば」
「?」
「お前そろそろ」
「そろそろ?」
「……その、ガキができてない限りは、よい」
 頬が上気してくる。どうして同じことを同じタイミングで考えてるんだろう。
「あ……たぶんそろそろ来週とか、かと……」
「おう。……で、このままでも良いのかよい?」
「このまま?」
「この、状態のまま」
 今も実はマルコの腕の中。触れ合える距離で、というか、交わっても交わらなくても最終的にはいつの間にか抱き込まれて眠っている。外の暑さ寒さは関係ない……らしい。
「……マルコは嫌じゃないの?」
「別に嫌じゃねえが、触りたくは……なるかもな」
「触りたく……なる、の?」
「嫌なら隣の部屋にソファーベッドでも用意してやるよい」
 顔を覗き込みながら話しかけてくる愛しい男(ひと)。
「………い…嫌ではない、けど……その……」
「ふ…ん」

 どういう訳かマルコが向こうを向いてしまった。こんなことは珍しい。そもそも彼は殆ど背中を向けてこない。気付かないうちに、何か不快な思いをさせただろうか。気になって、そっと彼の背中に手を当て、頬を寄せる。と、ピクッと彼が反応した。
「……マルコ?」
 どうしたの、と尋ねようとした瞬間、振り返った彼がガバッと覆い被さってきた。
「煽るなよい……」
 ゆっくり噛みつくみたいにキスしながら囁いてくる。全然、煽ってるつもりなんてないのに。男の人って解らない。
 それに……それにマルコは自分では気付いてないみたいだけど、彼だって今も相当煽ってる、と思う。女にだって、そういう気分になる時がある。そんな時に無防備に色気を振りまくのは止めてほしい。さもないと……。
「……おいアレッタ。今お前エロいこと考えてなかったか?」
「……えっ?!」
「図星かよい……蕩けた表情(かお)しやがって!」
 俺の腕ん中でどこの誰を想ってやがったんだ、と彼が燃やす猜疑心と嫉妬の炎。自分で自分に嫉妬しちゃってる可愛い男(ひと)。『可愛い』なんて言うとムッとするから内緒だけれど。

 部屋が仄かに明るくなってきた。明けの明星が煌めく時間。
「モビーに乗ったばかりの頃……」
「ん………?」
「こんな風に貴方と過ごす日が来ると知っていたら、どんなに……」
 どんなに心穏やかだっただろう。今さら考えることではないけれど、きっと、もっと早くからマルコのために力を使えていたかもしれない。伴侶選びとか力の事とか全然関係なく、ただただ天真爛漫に、恋に恋する乙女だったかもしれない。でもそれだとマルコの眼鏡にかなわなかっただろうか。想像したら可笑しくなった。

「何を一人でニヤけてんだよい?」
 マルコが口づけする直前ぐらいの距離で訊いてくる。頬が赤くなる。鼓動が早くなる。どうすれば、いま感じてるドキドキをマルコにも感じさせられるだろうか。じっと見つめ返すと、ふいっと目を逸らされてしまった。ちっとも上手くいかない。

 ふと波の音に耳を澄ますと、モビーに乗って間もない頃に見た、明け方の空を飛ぶマルコの姿を思い出した。
「初めて見た時のマルコ、すごく綺麗で……不安も寂しさも全て忘れて見惚れた……」
 いま思い出しても震えるくらい綺麗だった。たぶん言葉を交わしたのもあの時が初めて。
「……俺は覚えてねぇな……」
 そんなに大事そうにお前が覚えてんのに。マルコが残念そうに言う。……それはそうだ。だってその記憶は。

「もし思い出せるとしたら、マルコは思い出したい?」
「そりゃあ……な」
「……たとえ良い思い出ばかりじゃなくても?」
「そう言われると困っちまうが……まあ今が一番大事だってのは変わらねぇからな、お前が嫌ならこのままでも構わねぇよい」
「そうなの?」
「当たり前だい」
「そう……わかった……」

 近いうちに自然と思い出せるように封印を緩めよう。少しずつ解けて、いつの間にか完全に、当たり前に思い出せるように。そしてもし……もしもそのせいで彼の気持ちが離れてしまったら。そうしたら私は、伴侶のために私ができる最高の贈り物をする。それは今の彼は望んでいないもの。けれどきっと、いつか彼の役に立つものだから。

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