青氷姫
□寓話的な伝承或いは……
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「とりあえず落ち着こうぜ、な?」
ちょっと触れれば破裂しそうな空気を纏っていたアレンは、サッチの声に少し冷静になったようだった。視線はまだマルコに当てたままだったが、いつでも攻撃に移れそうなほどの張りつめた体勢を解き、物陰から出て静かに二人の前に立った。
マルコとサッチは、改めてアレンを注視した。意志の強そうな濃い青い瞳。手入れのされていなさそうな短めの黒髪。日焼けした小さな肢体。数年前、モビーの甲板で初めて見たときと変わらない…変わらない姿?二人は、ほぼ同時に同じ疑問に到達し、顔を見合わせた。こんな子どもが数年前と同じ姿?
「どうした?何かあったのか?」
ビスタが声をかけてきた。途端にアレンの纏う空気が緩んだ。
「ビスタ隊長!」
小さく叫ぶように漏らした声は安堵感と信頼感に溢れていた。
「アレン!目が覚めたのだな!心配してたんだぞ!」
ビスタが隣までやってくると、アレンの全身に漲っていた緊張が滑るように消えていった。
「なんだよ、この落差?感動すら覚えるぜ…」
サッチの言葉に同意しつつ、マルコの頭には先ほどの疑問が再び浮かんできた。
成長の止まったままの子ども。そしてそれに疑問を抱いてこなかった自分たち。一体何がどうなっているのか。この間の冬島での出来事といい、何かあるに違いなかった。しかしマルコがそれを口にする前に、アレンが再び緊張した。視線の先に現れたのはアレンの兄グローリーだった。
「……目が覚めたんだな、アレン」
「病室にいなかったので心配したんだよ」
穏やかな表情を浮かべて近づいてきたグローリー。アレンが眠っていた間の騒ぎようとはまるで別人だった。しかしアレンの表情は硬く、常に行動を共にしていた兄に対してとは思えないほど警戒しているのが見て取れた。
そんなアレンの微かに震える肩を抱き、ビスタがグローリーではなくマルコの方を向いて言った。
「親父に相談があるんだが、少し付き合ってくれまいか」
「あぁ、構わねぇよい」
マルコは、二つ返事で踵を返した。その後ろには当然のようにサッチも続く。一人残されたグローリーが焦ったようにマルコに近づいて、懇願するように言った。
「あの、弟には俺からよく言って聞かせますので、どうか赦してやってはもらえませんか…」
「赦す?いきなり何のことだよい?」
チラリとマルコが視線を向けた。ただそれだけで、グローリーは震え上がって二の句が継げない。こいつは戦闘員とは思えないほどごく普通の…騒ぐだけの弱い男だ、とマルコは思った。弟のような機敏さ、力強さは感じられない。よく見れば、そもそもまるで似ていない兄弟だ。
「ちょいと驚かされはしたが、あいつは特に何もしちゃいねぇよい」
先を行くビスタとアレンに目をやりつつマルコが言う。
「じゃ、じゃあ…」
弟を返してくれ、とグローリーが続ける前に、マルコの視線は再度グローリーに向けられた。
「お前は普通に年くってってるみたいだな」
「!」
息を飲むグローリー。話が聞こえたらしいアレンもビクッと肩を震わせた。
「ま、何にせよ親父の前で話を聞かせてもらおうか」
有無を言わさぬマルコの声色に、グローリーはただ頷くことしかできなかった。