青氷姫


□血族の盟約
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 その時だった。
「「「敵襲!!!」」」
 大きな衝撃が船を襲った。食堂にいたクルーも一斉に武器を持って駆け出した。

 マルコもアレンを伴って甲板に出た。状況を確認しながら的確に指示を出してゆく。正面で展開中の3番隊の援護に、自隊である1番隊を投入する。マルコの声に反応して、後ろに控えていたアレンも前線に飛び出して行った。戻れ!と叫んだが届かなかったらしい。思い返せばこの1カ月近く、実戦は一度もなかった。マルコは、こういう状況の際にどうするか、まるで考えていなかった自分の迂闊さに呆れた。

 アレンは、破竹の勢いで突進していった。実力の差を思い知らされた敵は、這う這うの体で退散していった。早々に届いた撤収の合図にも関わらず暴れ足りない様子のアレンに、ジョズが声を掛けようと近付いた、その時、今度はモビー・ディック号の方から女の悲鳴が聞こえ、外にいた全クルーの視線が集まった。

 モビーの甲板には、仕置き部屋に閉じ込められていたはずの、アレンの兄、グローリーが立っていた。手には食事用のナイフを持って、下働きの女の首に当てている。女の体を盾にして、自分は攻撃されないようにじりじり前に出てくると、辺りを見回して叫んだ。

「アレン!出てこい、アレン!!」
 呼ばれたアレンがモビーの舳先近くに立った。目を血走らせたグローリーが、アレンを見据えて凄む。
「お前の我が儘のせいで、今この女の命が失われる。お前は俺を伴侶とし、氷国を統べる俺に奉仕するために生まれてきたというのに、むざむざその使命を放棄し俺を蔑ろにした。俺はお前の伴侶として、お前に罰と枷を与えねばならない。俺はこの女の血を以て、血族の証をここに示す!」

 アレンの唇が震えた。悲しみに満ちた声で小さく、止めてと呟く。人質にされた女は助けて助けてと掠れた声で叫び続けている。狂気を帯びたグローリーは、アレンの苦しげな表情に舌舐めずりし、もう遅い、泣いて俺の足元に平伏して赦しを乞え!などと喚いてナイフを大きく振り上げた。

 甲板にいた誰もが絶望的だと思った時だった。夏島が近いはずの海域で、突然吹雪がモビーを襲った。鋭い突風がグローリーの手元に伸びてナイフを吹き飛ばし、人質にされていた女を解放した。突風はそのままグローリーの体を空中に縛りつけ、鋭い氷粒が彼を切り裂いてゆく。声にならない叫び声を上げるグローリーの前に、白い鎧を纏った白い髪の女が数人ふわりふわりと現れた。辺りは瞬く間に真っ白になり、特にアレンが立っていた舳先付近は周囲から全く見えなくなってしまった。

『血の約定を汚せし者は汝か』
『血族の盟約を謀りし者は汝か』

 白い鎧の女たちは酷く冷たい目でグローリーを一瞥した。次いでアレンの方へ手を差し伸べて、厳かな声で告げる。

『小さき翼持ちて地上に降りし我等が妹よ、かつて氷上に栄えし一族は謀りを以て潰えた。最早我等と交わせし彼の血族の盟約は果てた』
『我等が妹よ、その手を以て彼の血族との盟約を破棄せよ』
『破棄せし後は、我等と共に還らむ、蒼氷の湖都へ』

 女たちに呼ばれるまま、アレンは前へと進み出た。もしモビー・ディック号の甲板にいた者たちにこの様子が見えていたら、アレンが吹雪の中に消える様子に息を呑んだことだろう。そして同じ場所に現れた背の高い青い髪の女の姿には、きっと誰もが呼吸を忘れ、目を見張ったことだろう。女は白い鎧の女たちと同じような、たなびく衣に身を包み、耳には金の羽根飾りを煌めかせ、青い長い髪を風になびかせて、感情の籠らない静かな青黒い眼で、グローリーに決別を宣言する。

『汝、ソロモン・グロリアス、氷上に築きし我等との盟約を汚した罪、その身の、その血の終焉を以て償うべし』

 グローリーの体は未だ空中で突風に雁字搦めになっていた。吹雪に煽られて息も絶え絶えだったが、青い髪の女の姿を目にした途端、何とか手に入れようとするかのように目をギラつかせ、ジタバタもがいた。

 青い髪の女は、その様子に動じることなく、片手を翳して突風を操り、その縛りを強めた。グローリーの顔が苦悶の表情に歪み、窒息寸前であることが見て取れた。女は、更に縛りの威力を強めようと、もう一方の手も上げようとしたが、それを別の手に押しとどめられた。

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