青氷姫


□All I want is you.
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 マルコはアレッタを抱きしめたまま、ウトウトしている。しかし彼女がその腕から抜け出そうとする度に眠りが浅くなるようで、その度に呪文のように彼女の名を口にする。


 この男(ひと)は無意識なのに私の心を絡めとる。『本当の名前を最初に教えるのは、私が心を寄せる相手』。彼は私のそんな拘りを知るはずもない。それなのに、何故こんなにも私の気持ちを掴んで離さないのか。

 思えば、モビーに乗り込んで間もない頃、慕っていたホワイティ・ベイに会えない寂しさから甲板の隅で隠れて泣いていた時、いつの間にか傍にいて舟唄を口ずさんでくれた。その時も今と同じように元の姿に戻ってしまって、彼の記憶には蓋をしてしまったけれど、それ以来、無意識に彼の姿を目で追うようになっていた。

 いつだったかの戦闘の最中、青い不死鳥姿の彼が海に呑まれたのを見て、自分も海へ飛び出そうとした。すると意識だけが海へ潜り、海中の彼を海面へと押し上げた。自分の失神と彼の救命が繋がっているとは誰も気付かなかったけれど、私にとっては、自分自身と自分の力の存在意義を見出だした瞬間だった。

 絶対に他の誰とも同室で眠ったことも眠れたこともなかった自分が、始めこそ強引に押し切られたとはいえ、マルコの傍では熟睡するようになっていた。今も彼は、私のこの姿に驚くでもなく当たり前のように受け入れて抱きしめてくる。警戒心の強いはずのマルコが自分の前では無防備になる。そんな彼に酔った勢いで触れられても嫌悪感はなく、他の誰でもなく自分を求める彼を愛おしいと思う。この男(ひと)が私の伴侶だったら良いのに。

 伴侶の選び方を知らないアレッタは、マルコの腕の中で彼の寝息と温もりに包まれながら、深い眠りに引き込まれていった。


**********


 宴の夜以来、何度試してもアレンの姿に戻れないアレッタは、夏島に着くまでの間、マルコの部屋から出られなくなってしまった。彼女は困り果てていたが、マルコはそんな彼女を慰めつつも、何故かどことなく楽しそうだった。

 恋愛感情に外見その他は関係ないという。が、性差と年齢差に対する許容範囲には個人差があり、マルコのそれは特別に広くはなかった。故に彼女が成人女性の姿で彼の傍らに在ることは、彼にとっての障壁が取り除かれたということであり、言い換えればブレーキが無くなったということだった。よって同じ部屋で寝起きする毎日が一種の試練になりつつあり、もともと高まりつつあった彼女への気持ちを抑えきれなくなるのは、時間の問題に思われた。

 彼は自室に誰一人寄せ付けず、朝昼晩と食事を二人分持ってくる。マルコは皆と一緒に食べてくればいいはずだが、それを言うと、どうせ数日後に下船してしまうのだったら、もう少しだけ自分の我が儘に付き合ってくれと言う。何故アレッタを下船させるのか親父の考えが読めないよい、と首を擦りながらぼやく彼は、彼女を引き留める方法を考え続けているらしかった。

「そもそも引き取ってくれる親戚ってのは、どこのどいつだよい?」
 マルコが尋ねるたびにアレッタは困ったように押し黙る。数日間その問答を繰り返し、とうとうマルコが彼女の顔を覗き込んで小さく尋ねた。
「俺には知られたくねぇのかい?」

 そうじゃない、と焦って首を振るアレッタ。努めて避けていたにもかかわらず、思わず彼と目を合わせてしまった。慌てて逸らそうとするも肩をがっちり掴まれて逃げ場を失ってしまう。
「隠すなよい……」
 真っ直ぐ見つめられて囁かれれば、もはや抵抗し続けられない。
「下船したら別の姿になって、新入りとして誰かの船に乗る……つもりで……」
 顔を真っ赤に染めて答えてしまった。親戚云々は親父さまのジョークというか……と説明が半端に途切れ、そのまま黙ってしまった。マルコは呆気に取られていたが、ふと浮かんだ疑問を投げかけた。

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