『メメント・モリ』
□人生万事塞翁が虎
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夕暮れ時、川のほとりに、二人の男がいた。
片方の少年は襤褸を纏い、何やら咳き込んでいる。
この少年、故あって餓死寸前なのだ。
少し前に、籍を置いていた孤児院を追い出され、ろくな衣食住の確保も出来ず、かといって盗みをはたらく度胸も彼にはなく、今に至るというわけである。
衣服が貧相なのも、それが理由なのだろう。
もう片方の青年はというと……、身なりも顔立ちも良いのだが、地面に横たわってうんともすんとも云わない。
袖から伸びる細い腕や、よく見ると首にも巻かれている包帯が、何処かこの青年に痛々しさと不思議な雰囲気を与えていた。
先程、この青年は川で溺れて、……否、「流れて」いた。
それを見付け、どうにか岸に引き上げたのが、襤褸の少年の方だという訳である。
自分が死にそうだというのに、危険を冒してまで他人を助けるとは、今まで盗みをはたらけなかった人間と云う割には、素晴らしい度胸の持ち主である。
ふいに、青年が目を覚まし、そしてガバッと起き上がった。
「うおっ!
……あ、あんた川に流されてて。……大丈夫?」
と、少年が急に起き上がった彼に驚きながらも問い掛けるが、青年の耳には入らなかったのか、
「――助かったか。
……………………ちぇっ」
と、前後の文脈が少々可笑しいことを呟いた。残念そうな表情と共に。
そして、やっとこちらに気付いたと云わんばかりに少年の方を向いた。
「君かい、私の入水を邪魔したのは」
「じゃ、邪魔だなんて、僕はただ助けようと……。
――入水?」
さて、皆さんは入水をご存知だろうか?
端的に云えば自殺だ。
つまりこの青年は、自分の意思で川に飛び込み、自分の意思で死のうとしていたのである。
それを助けた、ということは、少年はある意味で、余計なことをしてしまったのだ。
「まあ――、人に迷惑をかけない、清くグリーンな自殺が私の信条だ。
だのに君に迷惑をかけた。
これはこちらの落ち度、何かお詫びを――『ぐううぅぅ……』
音は少年の腹から出たものだった。
青年は少年を見、少年は自分の腹を押さえながら、何とも形容し難い表情で硬直する。
そのまま数秒の沈黙。
青年のクスリという声が、それを破った。
「……空腹かい?少年」
「じ、実はここ数日何も食べてなくて……『ぐううぅぅ……』
ここでもう一度沈黙。
そして、
「私もだ。
ちなみに財布も流された」
という青年の発言で、少年は、「助けたお礼にごちそう」という想定していた流れが見事に消えてしまったことを、悲痛な叫びと共に悟った。
――と、
「おォーい!」
「治さーーん!」
という声が、向こう岸から聞こえて来た。