幻水U 長編 夢置き場
□光の姫君 第十章
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踏みしめた大地。
風の匂い。
全てが記憶に呼びかける…
〜 光の姫君 35 〜
二人でグリンヒルを出発して、十日が経っていた。
途中、野宿も挟み、できる限りの距離を移動した為、あと五日でソルファレナ付近に着く予定と聞いている。
「ティアラ様!今日はもうこの町で宿、探しましょっ!…ねっ?」
「…………まだ明るいでしょ?もう少し進んで野宿でもーーー」
「えぇぇ〜っ!!今日もですか!?やだな〜やだなぁ〜……」
「…………」
愛馬の上に腕を投げ出し、辟易を体で表し始めた男に対して、盛大にため息をつく。
これでは、どちらが年長か、さらに言うならば、従者かもわからない駄々のこね方だ。
彼、ウォルフに対して、初めて会った時は、騎士らしい威厳や余裕に、こちらも背筋が伸びていた。
しかし、旅を始めると、いろいろわかるもので。
「…わかったわ。諦めます。」
「やったーー!!」
人懐っこくて、調子に乗りやすく……
「いや〜、駄々はこねてみるものですね!」
「!!」
人の扱いが上手い……
「…あれ?ティアラ様、ちょっと臭くないですか?」
「なっっ!!」
思った事をはっきりと言うが…
「新しい服も、探しますか〜!」
気遣いもできる…
そんな彼を頼って良いものか、悩んでは考え直し、信じては振り回され、旅を続けてきた。
そして……
(一緒に過ごす度、懐かしく……感じる)
気持ちの変化も、また、目を背けることのできないものになっていた。
「あっ、ここーーー」
「どうしたの?」
町の外れの展望台の前を通りかかった時、ウォルフが急に立ち止まった。
「そっか、ここ…この町か。すっかり忘れてました。」
一人呟いているウォルフを、訝しんで見ていると、急に腕を引かれ、展望台の中へと促される。
「ちょっと!急に何で…」
「ここっ!!……思い出の場所なんです!」
嬉しそうな、柔らかな笑顔とともに、彼が答えた。
二人揃って頂上へ着く。
いつの間にか落ちていた日の光が、河を鮮やかな橙色に染めている。
その向こう側には深い森が茂り、河の橙と見事なコントラストを描いていた。
「ここ、ティアラ様もお気に入りの場所だったんです。……っていっても随分昔の話ですけどね。」
少し淋しそうに笑って、ウォルフは、再び景色を見る。
上手く言葉を返せず、ティアラも黙って景色を見ていた。
確かに懐かしい気持ちもするが、記憶は沈黙を保ったままで……
「姫。…先程、大きめの門を通ったの覚えてますか?」
「えっ?……えぇ、通ったわね。」
静寂を破ったウォルフの質問に答えると、彼は緩く微笑んで続けた。
「実はあの門、国境なんです。」
「!!」
ティアラは驚きを隠せず、目を丸くする。
それもそのはず。
通って来た門では、何の調べもなく、彼が世間話のように門番と会話をしていた記憶しかない。
それが国境だったなんて……
ティアラの言いたい事を理解したウォルフは、声を出して笑う。
「ですよね!あんな簡単な警備、普通ないですよ!………ま、ここは本当に端の田舎ですから。」
笑顔のまま、こちらにきちんと向き直り、跪く。
「ここが、我らが祖国の地、ファレナ女王国。……お帰りなさい、ティアラ様。」
「ウォルフ……」
「無理はせず、少しずつでいい。きっと…思い出せますよ!俺、待ちますから!」
自分を気遣い、優しく微笑む彼を信じて。
ティアラ小さく頷いた………