思い出の欠片


□\、記憶
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チェシャ「…ふむ。そろそろ遊ぶのにも飽きてきたぞ。」

チェシャ猫は柱から俺の体を
鏡へと投げると舌舐めずりをし、
猫の様に腕を舐めた。

オズ「ははっ…いたぶって遊んで最後に殺す…か。本当に猫みたいだなぁ。」

チェシャ「チェシャは猫だぞ。今も昔も。」

オズ「へーそう。だったらお前の飼い主に文句言ってやらなきゃな。未来の公爵様の顔をこんなにしてくれちゃってさー。」

言いながら俺はゆっくりと立ち上がる。
幸い骨は折れていないみたいだ。
だがギルもアリスも居ないこの状態で、
どうすれば良い。

チェシャ「…お前は変な人間だな。」

不意に自分に
影がさしたと思い頭上を見れば、
其処にはもうチェシャ猫が居た。
気付くと同時に体を横へと避ける。
振り返ると、先程まで俺が体を預けていた鏡はギリギリと彼の爪痕が残っていた。

チェシャ「これだけ傷付けても平気そうに笑っている。自分の事なのに、何処かよそよそしくて。確かに此処に居るのに、"何処にもいない"。」

《ねぇオズ君。君は一体何処にいるんだい?》

チェシャ猫の言葉から、
ブレイクの言葉を思い出した。
不思議だ。
彼にも、ブレイクと同じ様に見えるらしい。

チェシャ猫が
俺にまた襲いかかろうとした時、
突然俺の背後にある鏡から手が伸びてきた。
それに気付いたチェシャ猫は
寸前で標的をずらし、
その大きな手は俺ではなく俺の真横に
彼の手が振り下ろされた。
そして直ぐに遠くへ飛び距離をとる。

チェシャ「お前は…!」

?「…駄目だよ?チェシャ。この子を殺してはいけない。この子を殺す事で一番傷付くのは誰なのか、その頭でよく考えてごらん?」

まるで抱き留められるかの様に
腕は俺の首元に回る。
背後から聞こえる声には、
聞き覚えがあった。
声は言うだけ言うと、
そのまま俺ごと鏡の中へと
引き摺り込もうとする。

チェシャ「待てっ…」

チェシャ猫が制止の声を上げるが、
それと同時にピシィッと言う
激しい音を立てて、
彼の背後の鏡にヒビが入った。

?「…そうだ。君が今気にすべきなのはそちらのお客さんの筈だろう?」

段々と意識が朦朧としてきた。
腕に引き摺り込まれるまま、
俺はそれに身を預けた。

次に目を開けると、
其処は先程とは全然違う場所で、
綺麗な何処かの庭だった。

ギルバート「オズ!」

そして、直ぐ近くから
聞き慣れた声が自分の名を呼んだ。
其処には見慣れた黒いふわふわの髪を持つ青年。

オズ「…ギル!?」

ギルバート「良かった、無事で…!?」

オズ「傷は!?平気なのかお前、俺お前が死んだかと思って…。」

俺はギルのスカーフを半ば強引に
引っ張り、彼の安否を確認する。
するとそんな慌てた俺を見兼ねたのか、
ギルが静かに笑った。

ギルバート「大丈夫…大丈夫だ。別に大した傷じゃなかったから。…な?」

まるで落ち着かせる様に
優しい声で彼は言った。
その声に俺もやっと安心して
彼のスカーフから手を離す。
すると、足音が一つ背後から聞こえた。

?「…こうして顔を見せ合うのは初めてだね?オズ。」

穏やかな風に揺られる髪を抑えながら
男はそう言う。
ギルはすかさず俺の前へと立ちはだかった。

オズ「…お前は、アリスの記憶の中の…」

?「…お互いに話したい事は沢山あるようだね。でも、残念ながら今はその時ではない。力を貸してもらえないだろうか?」

金色に緑玉の瞳を持つ男は、
俺の前に膝を付け、
綺麗な笑顔で手を差し伸べてきた。

男「私はアリスを助けたい。彼女は…私にとって大切な女の子だから。急がなければ彼女はこの空間に取り込まれ全てを失くし、やがて消滅してしまう。だから…」

オズ「俺に!どうしろって言うの…!」

彼の言葉を遮ってでも、
目の前に居るギルを踏み台にしてでも、
俺は彼の伸ばす手を取った。
下からぐちぐちうるさい
ギルの声が聞こえるが、
俺は適当にあしらう。
するとその光景を見てか、
男は静かに微笑んだ。
そして俺と繋いだ手に
自身の手をまた上から重ねる。

男「…ありがとうオズ。まずは彼女の居場所を知りたい。手伝っておくれ。」

オズ「手伝うって…どうすれば…。」

男「目を閉じて、彼女の事を考えて、そして呼びかけるんだ。…大丈夫。君だから出来る。君にしか黒うさぎを見つけられない。」

彼と額と額をくっ付けて
俺は必死にアリスの名を呼んだ。
少しすると、
ギルが徐に口を開いた。

ギルバート「…おい。此処はまだチェシャ猫の領域内なんだろう?直ぐにあいつが追いかけてくるんじゃないのか?」

男「問題ないよ。彼は今、もう一人の客人の事で頭が一杯な筈だから。」

ギルバート「まさかっ…ブレイク!?」

男「彼はわざわざあの三人を此処へ呼び寄せておきながら、自ら手を下そうとはしなかったんだ。ベアトリクスに関しては、護ろうとしただろう。それが何故かわかるかい?」

ギルバート「…なに?」

確かにチェシャ猫は、
先程此処へ来たばかりの時に、
上から落ちてきた瓦礫から
ベアトリクスを庇った。
ブレイクやアリスには
敵意を向けたのだろう。
何でベアトリクスだけには…。

男「チェシャはね、怖かったんだよ。アリスとあの男性に近付くのが。その"力"で、自分が消されてしまうのが。それでも彼は隠れているわけにはいかない。この空間の者に殺せぬのなら彼自身が動くしかないからね。そしてベアトリクスには、そんな自分の傍に居て欲しかったんだ。」

オズ「…何で、どうしてチェシャ猫は、そこまでしてアヴィスの意志やベアトリクスを護ろうとするんだろう?」

お互い額をくっつけたまま話し出す。
そして俺は思った。
今目の前に居る此奴が、
アリスの記憶の中の人物なら、
やっぱりベアトリクスはアリスの事を
以前から知っている事になるのか?

男「…きっと、彼はなりたかったのではないかな。大切な存在を護り抜く、たった一人の騎士にね。」
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