短編小説

□一番近くにいた人
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※若月視点



私とクラスメイトの玲香は、友達以上の関係だ‥とずっと思っていた。



でも、



「生ちゃん、今日一緒に帰ろっ」



玲香はそうは思ってくれていないのかもしれないとこの頃感じている。




「いいよ、よかったら家に上がって来なよ」



生ちゃんはぶっきらぼうに言いながらも嬉しそうな表情をしている。



「え、良いの?やったー!」



玲香は全身で喜びを表現していた。



(‥カップルかよ)



突っ込みながらも、私は自分の感情が悪い意味で昂ってきているのを感じた。




これ以上二人の会話を聞くのが嫌で、そっと教室を出る。



一人になれそうなところを探していると、不意に後ろから声がかけられた。



「わか?こんなとこで何してるの?」



「真夏‥」



振り返ると、そこには手に一杯の荷物を持った真夏がいた。



「‥どしたの、その荷物」



「あーこれ?先生に頼まれちゃってさ〜もうこれが重いんだよ〜‥」



辛そうだったので代わりに持ってあげる。



「というより若は何してたの?」



「‥‥」



変なところで鋭い真夏は、私が黙り込んでしまったのを見てすぐに空気を読む。



「あ、そういえばお腹空かない?駅前のサイゼ行こうよサイゼ」



「おぉ、良いね」



とりあえず真夏が先生から頼まれた用事を済ませてから、私たちは教室へ戻った。



(‥流石にいないかな)



教室はもう真っ暗で人がいる気配はない。



暗闇が怖いのか、真夏は私の腕を掴んだまま黙っている。



普段は真夏の性格上、雑に扱ってしまうことがほぼだけど、こんなところで女の子の真夏がふっと出てきて不覚にもドキッとしてしまう。



教室の前まで来てたとき、不意に体を後ろへ引っ張られた。



「な、何?真夏」



「‥なんか変な音しない?教室の中から」



そう言われ耳をすませてみると、確かに誰もいないはずの教室から微かに音がする。



‥この時点で私は戻るべきだったのだ。



扉が前後共固く閉まっていることへの不自然さ。明かりが点いていないのに人がいるということの意味。




ヒントは沢山あったのに、そうすれば私は知らずに済んだのに、



‥真夏にこんな無様な姿を見せることもなかったのに。



気づけば私は真夏に手を引っ張られて教室の前から逃げていた。



すぐに息が切れ苦しそうにハアハアと息をする真夏だが、一向に止まろうとしない。



‥なんで真夏がこんな一生懸命なんだろう。



私はそれが分からなくて、玲香に裏切られた悲しみよりも、真夏の行動に対する困惑が胸中に湧き起こる。



「真夏っ‥もう止まって良いから、大丈夫だから‥」



宥めるように言っても、真夏は私の声が聞こえないかのように走り続けた。



真夏がやっと止まったのは、教室からかなり離れた空き教室の前だった。



「‥真夏、大丈夫?」



暗くて真夏がどんな表情をしているのかわからなかったけど、真夏の息遣いが乱れて苦しそうなことははっきりと分かる。



「だい、じょぶ‥」




全く大丈夫じゃなさそうなのに、真夏は気丈にそう言う。



真夏の呼吸が落ち着いてくるまで、私たちは黙ったままだった。



「‥荷物どうしよっか」



しばらくして真夏がぽそっと言った。



「‥置いてく。大したもの入ってないし」



普段は置き勉‥というより荷物を丸ごと置いてくことなんてしないけれど今日はなんかどうでもよかった。



「‥サイゼ、行かないことにしよっか」



真夏が気遣うように聞いてくる。



「ううん、行きたい」



私は即答していた。今は一人でいるよりも誰かと‥真夏と一緒にいたかった。



「‥と言っても私お金持ってないけどね‥」



教室に鞄ごと置いてきたということはつまりお財布も持っていないということ。



そう言うと真夏は笑って言う。



「貸してあげても良いよ〜。‥利子付きだけどね」



「おい‥」



流石真夏、抜かりない。



真夏といるといつの間にか嫌な感情が薄れていって、自然と明るい気持ちになっている自分がいた。



「真夏、」



「んー?」



「‥ありがと」




暗くてお互いの顔が見えなくて良かった。きっと私は照れで顔が真っ赤になっているだろうから。



「‥じゃ、行こっか」



真夏が急に繋いでた手を離して先を急ぎ出す。



「真夏?」



「あーもー‥ダメだよ若月、そんな甘えた声で言うなんて‥」




「‥は?何言って‥」




真夏が暗闇の中で溜息を吐いた。




「自分が今どれだけ可愛いか想像してみて。珍しく釣られちゃったじゃん」




「いや、釣られるって‥何言ってんの真夏‥」



「あー、嘘だと思ってるな」



真夏が拗ねて頬っぺたを膨らませたのが容易に想像できる。




「いやだって、釣るのって真夏の得意分野じゃん?私なんか‥」



「‥若に良いこと教えてあげる」



つかつか、真夏が私に近寄る。



「私が釣られることなんて滅多にないと思ってるだろうけどさ、」



「う、うん‥」



「結構頻繁に釣られるんだよ?」




「ふ、ふーん‥」




つまり真夏は何が言いたいんだろう‥



「だからさ〜それはどんな時って聞いてよ若〜」



注文が入った。



「‥それはどんな時、ですか?」



真夏は深呼吸して私の耳元へ口を近づけた。



「若がね、玲香のことを見て落ち込んでる時。まぁつまり女の子の時」



それは予想外の答えだった。



不意のことに固まってしまう。




「‥気づいてたか」



「バレバレだよ‥だってさ、」



「え?」



「ずっと若のこと見てたもん‥」




沈黙が私たちの間を流れる。



「‥え、それ‥、どういう‥?」



真夏の言っている言葉の意味は分かるものの、頭がそれを信じようとしない。



「若はさ、真面目で気が効くけど玲香以外の人間あんまり見てないでしょ?」




「う‥」




「‥若らしいから良いよ、許してあげる」




「‥ごめん‥」



私だけがずっと傷ついていると思っていた。




玲香と生ちゃんの仲に落ち込んで、面倒くさいぐらいイジイジ悩んで‥。




でもそうじゃなかった。



そんな私を見て傷ついてる人がいたんだ。私が傷つけてしまっていた人が。



「もう良いって。‥どうせ今ちょっとだけ私に釣られたでしょ〜?なら良いよ」



「うん、めっちゃ釣られた。真夏すごいな」



「‥え?ちょっ、冗談なのに‥」



真夏は急に動揺し始める。



私は構わず言葉を続けた。




「さっき廊下で会った時もさ、真夏すぐに空気読んでさりげなく気遣ってくれたじゃん。今もこうやって私のこと考えてくれてるし」




思えば真夏はずっと私のことを支えてくれていた。




それにずっと気づかなかったなんて、自分がどれだけ鈍いんだろう。




「‥若のこと、好きなんだから当たり前だよ」



恥ずかしそうに言う真夏が今は格別に愛おしかった。



「‥っほら早くサイゼ行こ!」



真っ赤になった顔を背け、今度こそ真夏は早歩きで去っていく。



置いていかれないように駆け足でその背を追いながら、私は小さく呟いた。



「私もだよ、真夏」




fin

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