短編小説

□たった一つの…
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※橋本目線




時間を巻き戻せるなら、私はあのときに戻りたい。




今までずっと私を苦しめ、そしてこれからも苦しめ続けるであろう、あの嘘をついた日に。




あのとき、ほんの少し勇気を出して首を縦に振っていたら…。




そんなことばっかり考えている自分が嫌になる。





「ななみん、もうすぐ収録だよ?着替えなくて良いの?」





突然掛けられた声にはっと我に返る。





「みなみ…早いね着替えるの」





もう、と呆れた表情を私に向けるのは、メンバーの星野みなみだった。




「みなみが早いんじゃなくてななみんが遅いんだよ」





指摘されて周りを見渡すと、確かにみんな制服に着替えている。





「やば…」




急いで着替え始め、なんとかぎりぎり間に合った。





「ななみん、大丈夫?なんかこの頃考え事してるの多くない?」





みなみがスタジオに行く途中の廊下で、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。




「…ん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」





みなみの優しさと、年下メンバーにまで気遣われてしまう自分の不甲斐なさとでなんだか複雑な気分。





「それなら良いんだけど…なんかあったらいつでも相談してね」





みなみは無邪気に笑って言った。




その言葉が、まいまいの言葉と重なって頭の中でリピートされる。




いつでも相談してね。




まいまいは優しくそう言ってくれたけれど、とてもじゃないけれど、こんなことまいまいには言えない。言えるわけが無かった。





自然と歩くスピードが遅くなる。





「もう…」





みんなから一歩遅れる私の手を取ったのは、みなみだった。





「…また、黙っちゃって。もう…ななみん、いい加減みなみを頼ってよ」





みなみが全く彼女に似つかわしくない怒った表情で私を見上げていた。





「まいまいとなんかあったんでしょ?」




「……」





図星すぎて何も言えなかった。





「みんなさ、あの日楽屋飛び出してった二人の姿見てるんだよ。何も言わないけどみんな心配してるし…」




「…っ」




みなみに言われて初めて気がついた。




確かにあんな姿を見せてしまったら心配させてしまっているに違いないのに。




「あとね、みなみの考えが正しかったら、ななみんもまいまいも勘違いしてるんだと思うけど」





みなみはいたずらっ子のようににやっと笑った。




私はみなみの言っていることの意味が分からなくて、ただぬぼーっと立っているだけだった。





そんな私をお構いなしで、みなみはみなみらしく、さらっと爆弾発言をした。




「まいまいはね、きっとななみんのことが好きなんだよ」














「………え」




あまりにも淡々と言われたので解読するのにしばらくの時間を要した。





「だからー、ななみんがまいまいを好きなのと同じように、、まいまいもななみんのことが好きなんだよ?」





「待ってなんで私がまいまい好きって…」




「みんな知ってることだよ?」




「……え?」





なんか頭がこんがらがってきた。





「え…じゃ、そのまいまいが私のこと好きっていうのも…?」





「みんな知ってるよ」





やっぱり誤解してた、と言って、みなみはパニックの収まらない私に優しく微笑んだ。




「ななみんのこともまいまいのこともみんな好きなんだよ。だからこれだけ背中押してくれてるの。…ここまでヒントあげたんだから、ななみんも勇気出して行ってきてよ、まいまいのところ」





みなみにそっと背中を押された。




私の少し前に、まいまいの背中が見えた。




ふと後ろを向けば、まいやんとみなみがハイタッチしている姿が。




そういうことかと苦笑して、もう後に引くに引けなくなった私は、…やっと自分に向き合うことができた。





もう自分の気持ちに嘘をつかなくていい。





「まいまい」





私は、大好きな人の名を呼んだ。





だいぶみなみやまいやんに助けられたけれど、今なら分かる。





あの日、まいまいが唐突に聞いた質問の意味と、あの表情を浮かべた理由が。




咄嗟についたたった一つの嘘が、ここまで私たちを苦しめるとは思わなかった。




まいまいがゆっくり振り返る。




私の表情を見て、まいまいは何も言わずにすうっと一筋の涙を流した。




「あのね、ずっと諦めようとしてたの、ななみんのこと。あの質問したのはそのためだったのに…今までずっと諦めきれてなかったみたい」





まいまいは私がなにも言わずとも、言いたいことは分かったみたいだ。





「ごめんね、嘘ついて」





一歩まいまいに近づく。




「わたしね、ななみんに嫌われるのが一番嫌だったの」




まいまいの瞳から今にもこぼれ落ちそうな滴をそっとぬぐう。




「私も。まいまいに嫌われるのが怖かった」





いつの間にかメンバーの姿がなくなっていた。





みんなにどれだけ気を使わせていたか、この素早い集団姿くらましでやっと分かった。





後でみんなにはお詫びの何かを買ってこよう。






「じゃ、二人とも同じこと思ってたのに言い出さなかっただけってこと?」




まいまいがちょっと呆れた表情で涙をぬぐう。





「そう…みたい」





なんだか急に脱力。





あんなに悩んだのに、こんな簡単にみんなの荒治療でハッピーエンドになってしまうなんて。





「でも、良かった。ななみんのほんとの気持ち聞けて」





まいまいがほっとしたように息をついた。





「……まだ、言ってはいないんだけどなぁ」





私は控えめに訂正する。





「…え?」




まいまいがまさか、という表情をする。





やっぱりここはへたれな姿ばかり見せてきたことも含め汚名返上しなければ…ね。






「まいまい、ずっと好きでした。これからも好きでいさせてください」






そっとまいまいの頬に手を添える。





目を瞑ってというまでも無かった。





私は、まいまいの唇に触れるだけの口づけをした。












fin
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