思いつくままに

□ショート集
4ページ/5ページ

『バッタ』


風が舞う。
ふんわり、ふわり。
ピカピカの太陽に段々影の濃くなっていく緑。

ロケは楽しい。
しんどいロケもあるが、基本的に俺らの番組のロケだから誰かしらメンバーと一緒だ。
今日は小瀧。
最年少で俺より4才下だが、中身はおっさん。でもメンバーと一緒の時は俺と同じくムードメーカーで、皆とよく騒いでいる。彼が関西ジャニーズJrに入所してすぐに同じユニットのメンバーになった。それ以来だから、もう12年も一緒だ。
確かに仕事仲間なんだが、10代の頃から一緒に活動しているから、ツレのような家族のような…そんな関係。
だから。触っちゃいけない時も分かるし、触れてはいけない事も分かる。お互い上手にその手前で止まる。


東京の隣県の山の中。
足許の草叢にふと目を遣る。
バッタだ。
それもこの時期にしては相当でかい。
ふとイタズラ心が湧く。

眼の前の大きな背中。
サスペンダーに白いシャツという俺と同じいでたちだが、身長は優に10cm以上高い。
その背中に。
そっと足許から拾い上げたバッタを止まらせる。
ギザギザな太い脚先が上手くシャツを掴む。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
背中から肩口に回る。

『あ…』

じわじわと首筋に近づき…。
「?」
何か気配を感じたのか、ひょいっと小瀧が首を回す。
その眼の前に…!
驚いて羽根を拡げ、バッタが飛び立つ。
「ひっっ…!」
めっちゃ驚愕の小瀧!

うわ。
余りの驚き様に爆笑する。
そんな俺を見て、件のバッタが俺のイタズラだと察したようだ。
文句を言うに違いないと身構えていると、くるりと後ろを向く小瀧。

ん?

何やら呟いている。
「…絶対に怒ったらあかんぞ…あかん…」

うわ。
そういや小瀧虫めっちゃ嫌いやったわ。
ギュッと握った拳。

…まじや…。
やってもうた…。

まだぶつぶつと呟いている。
背中越しに小さく聞こえる。
「よし!大丈夫…!」
て、全然大丈夫じゃないやん。
めっちゃ無理してる。

くるりとこちらに振り返った小瀧。
バックの夕陽に笑顔が染まる。

いや…そんな…。
お前…大人過ぎやろ。
ほんまはめっちゃ虫苦手。
自分の顔の間近にバッタおってあの勢いで飛び立ったら、多分本当はめちゃめちゃ嫌な筈。
その笑顔に、自分のやったことの幼稚さを思い知った。
普通に驚くお前を笑うつもりやったのに。
あんなに一生懸命笑顔作ってるお前見たら…。

「小瀧…ごめんなぁ」
謝るしかない。
しっぽをくるりと垂れてしょんぼり。
「ほんまにごめんなさい!」

「あ…うん」
俺のリアクションに、気勢を削がれた感の小瀧の間の抜けた返答が返ってくる。

「ほんまごめんなぁ」
「もうええって!」
しつこく謝る俺と、バッタに驚いたことに顔を赤らめて返す小瀧。
周りのスタッフのクスクス笑いが追い打ちをかける。
「ほんま―――」
「もうええって!」


ごめんなぁ小瀧。

でも。
多分…俺…。

また、やるわ。



いつの間にか辺りはすっかり夕陽に染まっている。
機材を担ぎ撤収するスタッフと一緒にロケバスの方へと向かう。

ずっとこうやって。
皆と一緒に居れたらええなぁ。
みんな大好き。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ