貴方の声がする方へ

□守ればいい人
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「十四郎、退が持ってきたこの書類間違ってる」

「お、おう、そうか
じゃあザキのとこへ持ってってやってくれ」

「分かった」


ハクが書類を持って部屋を出たのを確認すると、俺はふーっと息をついた

「ほんっと気配ねぇなあいつ」

刺客かもしれないという疑いが晴れない中、俺は常にハクの存在に神経を研ぎ澄ましている
が、気配の薄いハクの存在を確認し続けるのはなかなか体力を使う

正直、ハクがいることで俺の仕事は減っているのだが、常に神経を張り詰めているせいか、体力的には仕事が減ったような気がしない

先日、ハクが攘夷浪士を負かしたのもあって、俺はとっつぁんに改めて電話をした

『ハクは一体何者なのか』

しかし、話したがりなとっつぁんにしては珍しくしらを切るばかりで答えてくれる気配は無かった

まだ言えないのか、言う気がないのかますますハクの謎が深まっていく

と、山崎に書類を渡したハクが部屋へ戻ってきた

「………」

「?なんだハク、どうした」

首を傾げながら部屋へ戻ってきたハクに俺は尋ねる

この仕草はなにか分からないことがある時だが、大体些細なことで考えを巡らせていることが多い
が、今日は俺にとっても興味のある事だった

「十四郎、私は何をしていたの?」

「……気になるのか?」

「退が、" ハクちゃんは何者なのかな "って
万事屋にも言われた
十四郎、私は何なの」

「そう言われてもな……」

正直、それはこいつ自身より俺の方が知りたがっているのではないだろうか

「十四郎は、親から貰う名前があるのが "普通" だって言った
でも私にある名前はハクだけ
私は "普通" じゃない」

「………」

淡々とそう言うハクは自分に親がいないことを悲しんでいる様子ではない
ただ単純に自分の存在について知りたいだけだ

「悪いな、俺も詳しくは知らねぇんだ」

俺がそう言うと、ハクは「そう」と言ってまた俺の後ろへ座った

さっきの会話など無かったかのようにすぐに黙って仕事を再開するのもいつもの事だ

が、

「……お前、本当に記憶がないのか?」

俺がハクに背を向けたままそう尋ねると、ハクの視線だけがこちらへ向けられたような気がした

「ない」

「なら、昨日のアレはなんだ
あの動きも全く記憶にないのか」

職業柄、ついつい突き詰めるような言い方になってしまう

「分からない、けど」

「けど?」

「私に、今、やることをくれるのは十四郎、だから、その人は守らないとダメ
そう思ったら、身体が勝手に動いた」

「………は?」

「やることをくれる人は守らなくちゃ、ダメ
じゃないと私は……いる意味がないの」



そんな答えが、返ってくるとは思わなかった

まだ、完全に信じた訳ではないが、記憶がないというハクにここまで思わせる理由はなんなのか全く分からなかった


「俺の言うことを聞くのか?」

「十四郎がそう言った」

「………」

確かにハクが俺の小姓になる時に、そう言った
が、俺はあくまで上司と部下という意味だと思っていた

「……俺の言うことならなんでも聞くのか?」

「うん」

正直、信用してはいない
が、俺の言うことを聞くと言うのであれば保険だけでもかけておきたい


「近藤さんを守れ」

「勲を?」

「真選組にいる以上、それが1番大切な事だ」

俺の言葉に、ハクはしばらく俺の目を見つめてから答えた

「十四郎の次に、勲を守ればいいの?」

「違う、俺は守らなくていい」

ハクはまた俺の目を真っ直ぐに見つめ、戸惑ったように目を泳がせると俯いた

「どうして……?」

「は?」

「どうして、十四郎を1番に守るように言わないの?
私に、今、やる事をくれるのは十四郎なのに、どうして勲を守るの?」

「ハク?」

普段からは考えられないほど、饒舌な彼女に、俺は違和感を覚える

「どうして?誰だって自分を守って欲しいって言うのに、なんで?」

いつも、他人の目を真っ直ぐに見つめるハクの瞳は戸惑っているように揺れ、宝石の様な瞳に俺は映っていない

「……誰かに、守って欲しいと言われたのか」

その混乱に乗じ、コイツの情報を集めようとする俺は武州から来た時に比べて随分、警察というものが板に付いたなと思う

単純に、正体の掴めないこいつに興味を示しているだけなのかもしれないが

「分からない、分からない、でも私は、十四郎を一番に守らないと、じゃないと………」

普段の抑揚のない話し方とは違い、焦っているようなハクに、俺まで戸惑ってしまう

「ハク、いいか、よく聞け」

「………?」

俺はハクの肩を持ち、泳いでいた視線を俺の目と合わせ、一呼吸置いてから口を開く


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