シリーズ

□Rain
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『伝統の続く村…盗まれた古文書…謎の目的…まるで推理小説のようだな』
ニヤリ、と面白そうに口角を上げているリリーの尻尾が左右にゆらゆら揺れる。
『ならとっとと最後のページ読めば結末分かんだろ』
『もう、ガジルったら。それじゃあ面白味がないじゃない』
『映画でも見ていると思って諦めるんだな』
『…冗談だっつの』
レビィにもリリーにも窘められて、少しすねたガジルは視線を戻す。
東山のアジトに向かってふたりは歩いていた。
書いてもらった地図を広げたフリージアが方角を確認しながら慎重に進んでいく。
不意に先を歩いていたギルダーツが片手を上げて止まるように合図した。
「何か来る」
近くの草むらに身を潜め、ふたりは待った。現れたのは一台の馬車。その屋根に大きく紋章が刻まれている。
「あの紋章、風精の迷宮(シルフラビリンス)!トレジャーハンターのギルドじゃない!」
遠目にしか見えないが、馬車には魔水晶(ラクリマ)や魔法具がたくさん積まれているようだった。
馬を操る青髪と中に人影が見える。やたら分厚い持ち手のボウガンを背負った赤髪と大きな斧を持った金髪が馬車の両側を警戒していた。
「どこかに移動するつもりね」
「チッ、逃がすかっ」
言うが早いかギルダーツが草むらから飛び出す。
「!!敵だ!近寄らせるな!」
それに気づいた赤髪が応戦しようとボウガンを構えた。
魔導士でない相手に魔力は使わないと、ギルダーツが速度を上げて間合いに入っていく。
その時。

どがしゃああああああああんっっっ

白銀を揺らして、空から少年が降ってきた。
派手な音を立てて馬車が軋み、その衝撃で片側の車輪が外れる。
「てめっ何壊してやがるんだあぁぁぁ!!!」
金髪が焦ったように見上げて大声で叫ぶ。彼は無言で大地に降り立った。
「チッ、用心棒か!!」
後退した赤髪から狙いを変えて、ダッとギルダーツが白銀の少年に向かって走り出す。
フリージアの声が後を追った。
「ギルダーツ、一般人だからね!!」
「わぁってるよ!!」
勢いそのまま、彼は少年に向かって拳を振り上げた。
「……」
ビュッと音がしてその右手が空を切る。すんでのところで避けた少年の髪がいくつか散った。
続けざまに抉るように放った左の一撃がなんなくその掌で弾かれ受け流される。
蹴りを繰り出せば大きく後ろに跳ばれ、これまた虚しく空を切る。
避けて、弾いて、力を流す。
何度も向かうギルダーツの拳と蹴りが、無駄のない最小限の動きで、その悉くがかわされていた。いや。

いなされて、いた。

その間に車輪を直した風精の迷宮が逃げていく。
フリージアは馬車と交戦しているふたりを交互に見、ぐ、と両手を握った。
「クソッ」
渾身の力を込めた拳まで弾かれて、ギルダーツに焦りの色が滲む。その隙を逃さず一瞬で少年は素早くその場にしゃがみ込んだ。
目の前からかき消えた姿を追って迷ったその刹那、しなるような回し蹴りが鳩尾にまともに入り、彼は堪らず膝をつく。
「かはっ…こんのっ!!」
半ばヤケになったギルダーツの右手に魔力が集まっていく。
もう一度足に力を入れると、ダン、と強く大地を蹴って少年との間合いを一気に詰めた。
「だめ!ギルダーツ!!」
フリージアの悲鳴に近い制止が響く。しかし。

ギ、ゴオオォォォォォン…

「な…に…?!」
それは鈍い重々しい音にかき消された。少年とギルダーツの間に現れた何かが粉々に砕け散っていく。
力は相殺されてしまったようで、少年は無傷のまま立っていた。
『ギルダーツを、止めた!?』
生まれて此の方見たことのない光景にレビィは目を丸くした。
『ありゃ鉛…か?』
『しかし相手の魔力の質と量を正確に読み取って瞬時に相殺させるなど神業に近いぞ…』
その異常ともいえる芸当にガジルとリリーの頬を汗が一筋伝う。
視線の先の少年は涼しい顔をしたままで、同じように呆気にとられたギルダーツを一瞥もせずに身を翻すと、馬車が向かった方へと走り去っていく。
「…!」
「このっ、待ちやがっ…うぐっ…!」
鳩尾を押さえてギルダーツは遠ざかる背中を睨みつけた。白銀はあっという間に消え、静寂が戻ってくる。
「あの人は…一体…?」
フリージアの呟きが、風に流れていった。
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