シリーズ

□Rain
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長い梯子に登って、レビィは膨大な本を前に唇を尖らせていた。
「これは、向こうの棚だな。受注リストはミラ用のレーン、クエストは年別にしてマスターの届く所に…」
口の中で唱えながら、分厚い本を取り出して用紙にメモしていく。その傍らにすい、とリリーが飛んできた。
「レビィ、これだったな」
持ってきた本をリリーが空いた棚に入れた。配置が描かれた用紙にチェックを付けてレビィは彼の方を向く。
「リリーがいると毎回登り降りしなくていいからすごく助かるよ」
「うむ、お安い御用だ。それより熱中しすぎて落ちないようにするんだぞ」
「はーい」
レビィはまた本に向き直り、リリーは別の場所に飛んでいく。
その下ではガジルが棚に寄りかかり、つまらなそうに欠伸していた。
「テメェのモンでもねぇのに、物好きなこったぜ」
「定期的に整理しないと分からなくなっちゃうでしょ?」
「組織にとって記録は重要なものだからな」
もはやギルドの司書と言われても過言ではないほど書庫を把握しているレビィは、テキパキと本を仕舞っていく。
元軍人で議事録整理の経験があるリリーも雑務はお手の物。これといってやることのないガジルはただボーッとふたりが書庫を行きかう姿を眺めていた。
「(やっぱりメモリーデイズの本は見当たらない、か)」
書庫整理。みんなが使いやすいようにすることは勿論だが、彼女にはもう一つ理由があった。
開いた者の思い出したい過去に行ける本・メモリーデイズ。前に偶然、その効果で過去に行き顔も知らなかった両親に会った。
初めて見た父と束の間の冒険をして…ちゃんと自分に気づいて愛している、と言ってくれた父。
「(そういえば…お母さんとお父さんってどんな出会いだったんだろう?)」
ふと自分達の出会いが浮かぶ。レビィとガジル、敵同士で見えたふたりの出会いはまさに最悪、というやつで。
丁度この位の高さに磔にされていたらしい、と顔を上げればぐらりと体が揺れた。しまったと悪足掻きに伸ばした手が本を掴む。しかしそれも虚しく棚からスルリと抜けただけ。
リリーの焦り声が響く。衝撃に備えて目をぎゅっと瞑れば、ふわりと包みこまれる。
「…何やってんだよ」
「ご、ごめん。ぼーっとしちゃって。ありがとう」
呆れたガジルの顔が間近にあった。慌てて降りようとすると抱える腕がそれを阻む。
意図が読めずにキョトンとしているとガジルの顔が素早く近づいて、ちゅ、と軽い音と唇に柔らかい感触。レビィの顔が真っ赤に染まる。
「!?ガ、ガジル!?ここ、ギルドッ!!」
「誰も見てねぇだろ。それに助けたんだからオレに褒美があってもいいだろうよ」
ギヒッという笑い声。その顔はしてやったり、と誇らしげで楽しんでいるようにも見える。その後ろから盛大な溜め息が聞こえてきた。
「誰も見ていないとは心外だな。オレの存在を忘れているだろう」
「あ?オメーにはいつもの事だろうがよ?」
「きゃああ!リリー、見てたのぉ!?」
恥ずかしさのあまりにレビィは手を振り回す。持っていた本の角が、ガツガツとガジルの頭に当たった。
「痛ェ!」
「あっご、ごめん!」
その声にやっと本を掴んでいたのを思い出して、レビィは手元に目を向けた。
珍しい淡い紫の本。表には空色で【ゆいものがたり】と題が打ってある。
「これ、手記?」
「ギルドの誰かの日記のようなもの、といったところか」
「うん。でも最近のものじゃないみたい。ギルドの先輩の人のかも。どこかに…あ、あった。書いた人の名前は、フリージア・マクガーデン…え!?」
レビィは食い入るようにしてその文字を見つめた。何度読んでも間違いない名前の羅列。
「お母さんの、手記…!?」
ドクン、と心臓が高鳴った。
両親が、どんな風に出会って、どんな風に結ばれて…どんな風に自分は産まれてきたんだろう。
ずっと知りたかったことが、この本に書いてあるかもしれない。知りたい。知りたい、けれど。
「…読まねぇのか?」
固まったまま本を開こうとしないレビィに訝しげにガジルが言う。
「読みたい。読みたいけど…ひとりじゃ…怖い?違うな…なんだろ、勇気…がなくて」
この前の、少しの時間だけ父と対面した後はボロボロに号泣してしまったから。
ガジルはレビィを降ろすと後ろからその華奢な体を抱きしめて空色の頭に顎を置く。
「オレも読んでやる。オメーの両親だからな。オレにも知る権利がある」
「ならば相棒のオレも連帯責任ということで、同席させてもらうぞ」
リリーが肩に降りてくる。レビィの考えていることなどふたりは全てお見通しのようで。
その温もりから一緒に受け止めてやる、というふたりの気持ちが伝わってくる。
レビィは安心したように微笑むと、最初のページを開いた。

―――今日は、ギルダーツとクエストに行く。

誰かの声が響いて、辺りが輝きだした。
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