シリーズ

□霧霞む
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「これより、最終試験を始める」

ページを捲ると、マカロフが岩の上から説明をしていた。
一次試験を突破した面子だろう、集まっているのは12人。
レビィは自分の試験と重ね合わせて首を捻った。

『12人ってことは…』
『ドリアとジェットが出場者同士の一次戦を通過、シャメウとアドニスはS級撃破。
ルマとヤックはタイムオーバーだったがどっちも有望だってんで、マスターが通過させた』

片目を瞑ってギルダーツが記憶を辿る。その補足になるほどと頷いてレビィは視線を戻した。
無精髭も何もない若き日のギルダーツが、6人になにか渡して回っている。
ルマの手元を覗き込むと、それは妖精の尻尾の紋章を象ったバッジだった。
ひとりひとり色が違うようで、6人とギルダーツがそれを眺めている。
マカロフはトントンッと自分の襟元を指で示した。

「それを、目につくところに付けるんじゃ。
失くすんじゃないぞ? それが最終審査のポイントじゃからな」
「ポイント? これが?」

ジェットが訝し気に言った後で、上着ポケットの上へとバッジを付ける。
それをまじまじと見てから、ガジルはレビィを向いた。

『オレたちの時にこんなのあったか?』
『無かったよ。S級の試験は毎回、内容が全く違うってカナも言ってたし…』
『なんだ、ガジル。そのバッジに何か秘密がありそうなのか?』

首を傾げるリリーにもう一度バッジを見てからガジルはいいや、と手を広げて首を振った。

『なんてこたぁねぇ、ただの色付きのバッジだな』
『うーん、すごい精巧に作られてるけど確かにただのギルドマークのバッジだね』
『マックスの店で売れそうだな』

興味津々に3人が見つめていれば、視界がふっと暗転する。
ギルダーツは苦笑すると、ホレホレと手で促した。

『止まったぞ。ページ進めてくれや』
『あっ! うん、ごめんっ』

パラリ、とページを捲ると再びマカロフが動き出す。
簡易に設置したボードに、大雑把にルールが書かれた紙が張られていた。

「試験内容は単純じゃ。そのバッジを7色揃えて妖精の尻尾≠ワで来ること。以上じゃ」
「…妖精の尻尾?」
「いよっしゃあぁぁぁ! バトルロワイヤルだな、面白れぇ!」

眉を潜めるアドニスをかき消すように、ヤックが吠える。
シャメウが静かに眼鏡をくい、と上げた。

「7色揃えてということは…相手からバッジを奪わなければならない、ということですね」
「つまり、合格できるのはたったひとり…」
「ハッ! どいつもこいつも、叩き潰してやるぜ!」
「おいおい、まだS級がひとり、ここに残っているのを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

楕円の中央でバチバチと音を立てる火花に、ウオホンッとマカロフが咳払いをする。
向き直った全員の瞳を面白そうに見てから、彼はビッと真っ直ぐに空を指差した。

「開始は太陽が中天にかかると同時! 誰が合格しても恨みっこ無しの一発勝負じゃ!」

勢いよく飛び出す者、ゆっくりと歩いて森に入って行く者、空に消えていく者。
5組とひとりが場を離れたのを見届けてから、アドニスとフリージアも出発する。
ボードに書かれたルールを眺めて、ガジルはチッと舌打ちした。

『どうした、ガジル』
『こっちの試験の方が面白そうじゃねぇかヨ』

ガジルは忌々しそうにケッと視線を逸らした。
静≠フルートを引き当ててしまい、闘いたいと息巻いていた彼が懐かしくてレビィは笑う。
その向こうで黙々と歩き続けるアドニスの袖をフリージアがくいくい、と引っ張った。

「アドニス…アドニスってば!」
「ん? あぁ、なんだ?」
「もう、どうしたの? ボーッとして」

珍しく驚いたようにアドニスは振り向いた。
冷静な瞳はいつもの通りでも、心ここに在らず、といった様子だ。
太陽が雲に隠れて、大きな日影ができる。
何度か瞬きを繰り返してから、彼は空を仰いだ。

「父上の声を反芻していた。久しぶりに…聞いたものだから。
人はその声を…その仕草を、その顔をその姿をいつしか忘れてしまう生き物だから。
忘れぬうちにもう一度、な」

雲の薄い部分から、太陽の光が射し込む。
眩しいそれに、彼は傘代わりに自分の手を目の上にかざした。
眉を下げ、言葉に詰まるフリージアに、視線だけ向けてアドニスは微笑む。

「知っているか? 人は、その人の声から忘れてしまうけれど…
最後まで聞こえているのも声なんだそうだ。
亡くなってからもしばらくは、耳が聞こえているんだと。
だから最期に、嬉しい言葉をかけられた人は穏やかな顔をしているし…
厳しい言葉をかけられた人は強張った顔になるという」

また隠れた太陽に手を降ろすと、彼は小さく肩をすくめて見せた。

「聞いた話だがな」
「ううん。分かるわ」

ゆっくりと首を振ると…フリージアが口を開いた。
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