【短編】 鉄血のオルフェンズ

□悲槍
1ページ/4ページ


 殺してやろう、貴様の矜持を。





 「イオク・クジャン」

 静まり返った室内には、街頭の人工的な光が射している。

 私は、その部屋のベッドに横たわった男の、驚愕に染まって見開かれた目玉に、銀色の刃を突き付けている。

 ややあって、男が息を詰まらせたまま口を開いた。

 「ッ誰だ…貴様…」

 ああ本当に、物覚えの悪い男だ。

 私は緩やかに口角を上げ、ナイフの刀身をその頬に滑らせる。

 まだ、まだ、まだ、まだ、傷は、つけない。

 「誰…?………そう…私が、誰だか…わからないのか……まぁ、そんなことだろうとは思っていたが…」

 だが、私は忘れていない。

 お前の顔も、お前の声も、お前の、卑劣な行いも。

 ナイフを立て、その褐色の肌を刃で押さえつける。

 だけどまだ、まだ、まだ、まだ、傷はつけない。

 これには、死んでもらっては困るのだ。

 「私はよぉく覚えているよ、イオク・クジャン。…お前があの時したことを、私は、よぉーく、憶えている」

 さて、思い出してもらおう。

 そして、思い知ってもらわなければならない。

 「あの時…?一体何の話をしている?」

 男は困惑と疑念に顔を歪め、理解しがたい行動をとる私を凝視している。

 この目。

 自分は間違ったことなど一つもしていないと思いこんだ、気持ちの悪いほどに真直ぐな、純粋な目。

 「…心当たりがありすぎて、どの事だかわからない、か」

 「ふざけたことを…言え、この私に何の用だ」

 丸腰だというのに、随分と強気な事を言う。

 こちらが女だからといって舐めているのか、それとも、自分が殺されるはずがないと思っているのか。

 どちらにしても、どうでもいい。

 私の目的は、この男にはわからない。

 「…タービンズ」

 さて、思い出してもらおう。

 そして、殺してやろう。

 貴様の矜持を、私の復讐を。
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ