short story

□俺は未だそんな口付けを知らない
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彼は決して俺に触れようとはしない。
自ら近づこうとはしない。

ただ、他の人は違う
それが
どんな意味を成しているか
餓鬼だと言われる自身でも
十分わかっている。

しかしそれがたまに寂しいと思うのは
彼も同じなのだろうか?

たまに横目で追い掛ける
明るく平気な顔で笑っている時もあれば
静かに伏目がちになり、誰も入れないような
そんな一人の世界に閉じこもる彼もいる。

何を考えているのか多分誰も理解することは
到底無理だろう。この俺でさえ。

でも俺は、明るみにいる彼より
暗がりにいる彼に惹かれる。

ステージで輝かしく照らされ映し出され
一見華やかそうな彼の影は
いつも黒々とそれを色濃く伸ばしている。

どれが本当なんだろう

その真っ黒な瞳の中には計り知れないほどの
暗い闇を潜めている。

取り込まれそうな鋭い光が
たまに俺を射抜いて

「save me」

と語ってるみたいだった。

この光も栄光も確かに俺たちの手の中にはあるが
彼にとってはきっと儚い幻想でしかないんだろう。

それに怯えているんだね。

過去も未来も捨てられず
永遠に自分から逃げ続けようと必死みたいだ。

彼の紡ぐ歌詞たちは彼の叫び

しかし本当のところは海の底に沈殿してしまったみたいに
錆びついて静かに眠っているのだろう

俺はいつかその涙が出るほど綺麗で
悲しいものに触れることは出来るんだろうか?

今日も俺はステージに立つ。
それぞれ悩みや不安をどこかへ置いて
自分を騙して 偽りの自分で
偽りの光に照らされ
笑っている。

ときどき涙が出そうになるのは
溢れ出しそうな悲しみに飲み込まれ
彼を思うこのどうしようもない感情
彼の寂しそうな横顔 歌声 全てが
俺の脳内を甘く残酷に溶かしていくから




今夜、俺はまた意味もなく彼の部屋へ行くだろう

ただ、何時もと違うのは
彼の蒸かす煙の量が
今までとは圧倒的に多くなること

甘い果実のような
口付けなんて
俺には必要ないってこと。

きっとそれだけ







「  ヒョン 、俺です  」













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