猫のしっぽ
□2 しせん
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「のう、幸村。人の話を聞く時は相手の目を見ろって習わんかったか?」
「え?」
次の授業までの短い休憩時間、空いた俺の隣の席に図々しく座り特に意味のないやりとりをしていた仁王にそんなことを言われて、反射的に彼に目を向ける。
「あまり人の目を見るのはよくないとも聞くけど。」
先ほどから俺はちゃんと相槌を返していたつもりだしと疑問に思えば、今度は軽くため息をつかれた。
「そういうことじゃないぜよ。さっきからお前ずーっと別んとこ見とるじゃろ。」
そう言われ俺は自分でもあれ、と首を傾げてしまう。
するとそんな俺を見かねてか、仁王はちょいちょいと前方を指差した。
俺は素直にその指を辿り、行き着いた先にあ、と思わず声をあげてしまった。
「ほーん。やっぱりそうなんじゃ。最近やけに気にしとると思ったら。」
言い訳の余地がない俺は、ニヤニヤ顔の仁王をじとっと睨む。
そして自分でも彼女を無意識下に目で追っていたことに気付かされた。
そう、また今度ねという彼女の言葉とあの笑顔が頭から離れないのだ。
気づいたらずっとあの日のことを思い出している。
というか、そのまた今度がいつ来るのかがわからなくて待ち遠しくて、もどかしいのだ。
「どうしたんじゃ急に。あいつとなんかあったんか?」
「…君には関係ないだろ。」
そっけなくそう言うと、彼はそのいやらしい表情を本気で驚いた顔に変えて目を瞬いた。
「なんじゃ幸村。まさかずっと難攻不落だったお前がついに…」
「仁王、何か誤解してないか?」
「誤解?」
「そうだよ。俺はただ彼女の絵に興味があって…。」
「絵?」
そこまで言って俺は何を焦っているんだと冷静になる。
「のどかの絵に?」
「え?」
今度は俺が目を丸くする番だった。
仁王が鈴森さんを下の名前で呼んだのだ。
「ちょっと待って仁王。お前鈴森さんと仲がいいの?」
俺は乗り出すようにして仁王を見据える。
するとやっぱり仁王はいつもより驚いた様子で少し腰を引いた。
「まあ、何回か同じクラスじゃったけぇの。」
まさか仁王は彼女が屋上庭園で絵を描いていたことを知っているのだろうか。
というか初めて彼女と同じクラスになった俺よりは、仁王の方が彼女のことを知っているのは当然のことで。
なんだろう、釈然としない。
しかしもしかしたらと俺は冷静に邪念を振り払った。
「じゃあさ、彼女の空き時間とか知ってる?」
「空き時間?」
「うん。」
自分で聞けばいいだろうと言われそうだが、俺は彼女と親しいわけでもないし、教室での彼女はなんとなく近寄りがたい雰囲気を纏っていて結局聞けずじまいだったのだ。
仁王は俺の問いに眉を曲げるも、あまりに真摯な俺の態度に押されてか唸るように声をひねり出した。
「…あいつ、選択授業ほとんど取っとらんけ、必修以外は大体空き時間と思うぜよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
俺の思惑通りそれを知っていたことを詳しく問い詰めたい気持ちもあるが、取り敢えず彼女のことを知れてプラマイゼロ、いや若干嬉しさが勝る。
「けどなんでそんなこと聞くんじゃ。」
仁王のその疑問は最もだ。
けれど俺は当然素直に答えてやる気にはなれない。
だから、教えてくれたお礼と少しばかりの負けず嫌いで綺麗に口元に弧を描いた。
「秘密。」
そう言うとやっぱり彼はいつもの詐欺師面で俺に笑みを返す。
「教えてくれてありがとう。」
最後に礼を言って前を向けば、仁王は軽く呆れ顔で立ち上がって自席へと戻っていった。
するとちょうどチャイムが鳴り授業が始まるが、顔が綻ぶのを隠せずだらけたままの俺は普段の様子からして全くらしくない姿だっただろう。