猫のしっぽ
□14 ほんしん
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なんか昨日の幸村変だった。
いや、変といえばいつも変だけど。
遠目から見る今日の彼は、そんな昨日の様子と裏腹に別段いつもと変わった様子はなかった。
というか私がいけないんだろうか。
何も変なこと言ってないはずなんだけど。
私はなんだか幸村が自分はテニスを楽しめてないと思い込んでるみたいだったから、あんなに真剣にやってることが好きじゃないなんて思えないと言っただけだ。
だって嫌いなことを真剣にやるなんてそんなのマゾだってしないと思う。
けどやっぱりお節介だったのだろうか。
そもそも私には関係ないことだし、そもそもなんで私が幸村のことを気にしているのかそこからしておかしい。
そうだ、もうこれは仁王のせいにして忘れよう。
それもこれもあいつが余計なこと喋るからこうなったんだよな。
昨日幸村が私を帰りに誘った時点で、彼が仁王伝で聞いた私の発言を気にしていたのは明白だし。
うん、もともと幸村進路で悩んでたみたいだしそれでテニスに対しても何か色々思うことがあるんだろう。
そう思い直すと、私は本来の目的であったはずの空き時間を過ごすに最適な場所探しに再び思考を巻き戻した。
今日は図書室も混んでたし、屋上庭園じゃ少し寒い。
そこで思い当たったのが美術室。
程なくしてそこにたどり着くと、ひょこりと見えづらいドアを覗き確認する。
どうやら授業もやってないし、人もいないようだった。
そうして私は何の気なしにそのドアを開いたのだけど、それがいけなかったのだ。
あ、と思うも時すでに遅し。
ここでドアを閉じた所で分が悪い。
なんか最近遭遇率高くないか?と思いつつも、私は胸の内の感情を隠すことなど出来ず表情に剥き出しのままその後ろ姿の藍髪を睨んだ。
ドアからではちょうど死角になってしまうそこにいた彼は当然誰かが入ってきたことには気づいていて、優しく手にしていた筆を筆洗の上に橋架けのようにして置くとこちらを振り向いた。
すると案の定彼は少し驚いてから、いつも通りにふわりと微笑んだ。
こうなってしまえばいよいよどうしようもないのだけれど、ふとそこで私は逃げ道を発見する。
ごめん、人がいるとは思わなくて、そう言って逃げればいいと単純に思いついた。
けれど私はつい彼の為していた事に気を取られてしまって、その台詞を言うタイミングをすっかり逃してしまったのだ。
「鈴森さん。」
そう私の名前を呼ぶ彼の声はいつだって何故だか私を引き止めて、言い訳の余地を与えてくれない。
「…何してるの。」
けれどそうなってしまえば、開き直るが吉と心得ている。
純粋に彼のしていることが気になってはいたのだ。
「絵を描いてるんだ。」
そんなことは見ればわかった。
だってそれがわかった瞬間逃げようとしていた気持ちはどこへやら、完全に私は彼の描いているものに思考がシフトチェンジしていて、彼の目前に置かれているキャンバスをその肩越しに見ていたのだから。
「よければ君と話したいな。」
そんなことをいつだって平気で言ってしまう幸村は本当にずるいと思う。
結局私は彼のこういう素直なところに反発出来なくて言うことを聞いてしまい、今回もてくてくと彼の横まで歩いて行くとその傍に置かれている椅子に腰をかけた。