薔薇の箱庭
□1 薔薇
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「Blue Rose…青寮の女王様はお前か?」
日本語。
聞き慣れないはずのその言語が耳に入ってきた時振り返ってしまったのは、やはり悪手であった。
己の目に移ったのは、秋始業のセメスター制によりこの秋4年生となった私と同級生であることを示すクリスタルがついたクロスタイ。
そしてそのタイの色も私と同じ寮を示す青色だった。
それを持つ男は確かに見覚えのある新入生で、彼のギリシャ彫刻のように端正な尊顔を見ていると一抹の予感を覚える。
嗚呼、面倒な事が起こるぞ、と。
「No.You must have the wrong person.」
こんな台詞は無意味。
日本語に対してはっきり意味を理解し、それを英語で返したところでそれはもうしっかりと意思疎通出来ていますよ、とわざわざ申しているようなもの。
しかしどう言ったところでさらに食い下がってくる事が予想されるのならば、素直に応じるのも癪だ。
「アーン?その金ボタンが証拠じゃねぇの、藤崎ほたる。」
当然利発そうな彼は私の意図を理解し、私のブレザーに着いた金色のボタンを指差した。
「…貴方、突然不躾なんじゃないの?」
「そりゃ悪かったな。」
私が初めて日本語で口を開けば、彼は意外にも素直にその過ちを認めた。
しかし相変わらず不躾な視線で私を見つめ、挑発的なその表情を緩めないでいる。
一体何用なのか。
いや、どのような用であっても私がそれを聞く義理などない。
こんないかにも自信過剰で無礼な男のことなど相手にするだけ不毛というもの。
そう思い踵を返そうと動こうとした瞬間、まるで狙い澄ましたように針を刺すが如く彼が開口した。
「お前に言っておきたいことがある。」
「何?手短にお願いするわ。」
私は逆にその足で彼の対面にしっかりと向き合う形を取った。
すると彼は私が己と対峙するのを待っていましたと言わんばかりに瞳の奥を光らせた。
「お前、その金ボタン中学1年の時からずっとらしいな。」
「それが何か?」
その発言からも爛として輝くまるで値踏みするような目からも要領を得ない。
しかし私が少し眉をつり上げれば、彼の目は眉が降りてきて鋭く研がれたように圧が増した。
「次は、俺がもらうぜ。」
これは宣戦布告だ。
彼の瞳にはっきりと映されたその闘志に私も答えないわけにはいかなかった。
「…貴方誰?」
聞いたはずの名前。
けれど、もう一度名前くらい聞いておいてやろう。
無表情で彼を見上げれば、彼は少し顔を崩して整った眉をちぐはぐにして私を見据えた。
「始業式の時挨拶したはずだがな。」
「あら、ごめんなさい。興味の無い事には覚えが悪くて。」
その顔を見て漸く私も口端から笑みが零れてそんな挑発文を投げかけてやれば、彼もまたくつくつと笑う。
「主席様が笑わせるぜ。けど、威勢が良くていいじゃねぇか。」
しかしそう言うと彼はすぐに真剣な色をその瞳に滲ませた。
「覚えておきな。俺様の名前は跡部景吾だ。」
彼は背を向けると長い廊下をツカツカと歩き去っていった。
嗚呼やっぱり予感は的中した。
これから起こるであろう波乱にぶるりと体を震わせそうになるものの、あんな男に負けたくはないと思うのも事実。
元々負けず嫌いな性分でああも正面衝突でこられれば尚更、私にもこのボタンを誰にも譲らず通してきたプライドがある。
しかしまあいけ好かない男だったとそう思った矢先、また彼と遭遇して私は思い切り顔をしかめる事となる。