スノードーム
□第10話
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「えへへ…ごめんね。急に泣き出したりしちゃって…情緒不安定みたいに思われちゃったかな。」
「そんなことないですよ。すっきりしましたか?」
冬のもう薄暗い中、僕は彼女に暖かい缶コーヒーを手渡す。
花城さんはありがとう、というとそれを手に持ってはぁっと息を吹きかけた。
「不二くんといると安心してつい涙がでちゃった。」
彼女は薄いお化粧が涙ですっかり取れてしまっていたけど、それでも長い睫毛をパタパタと瞬く。
なんだか自分の分まで彼女が涙を流してくれたみたいで、不思議と自身もすっきりとした気分になっていた。
「私…今日帰りたくないな。」
不意に吐かれたそんな言葉に、また僕は柄にもなくどきりと心音が高鳴る。
女性が男を引き止める常套句。
もちろん純粋な花城さんはそのままの素直な意味で使っているんだろうけど、どうしたって反応してしまうのは許してほしい。
「不二くんとずっと一緒にいたい。」
先ほどは独り言のように繰り出した言葉だったのに、今度は率直に僕を見て言った。
「花城さん、簡単にそんなこと言っちゃダメですよ。」
「やっぱり無理だよね…。」
自分を律するように言うも、くしゃりと破顔する彼女を見るとそれも容易く壊されてしまう。
「…本気にしますよ。」
つい余裕のない低い声が出ると、彼女はパチリと目を開いて少し拗ねたようになった。
「いいよ。本気だもん。」
僕は思わずぷくりと膨らまされたその頬を持ち上げる。
彼女はチラリとこちらを見上げると、互いの前髪がさらりと額をくすぐった。
「…好き。不二くん。」
僕はその言葉に背中を押されるように彼女との距離をゆっくり縮めると、そっとその赤い唇に触れた。
柔らかくてしっとりとした感触。
離して彼女の瞳を見ればそれは切なげに揺れていて、僕は最後の確認をした。
「…いいんですか?もう帰してあげられませんよ。」
すると彼女は僕の首に腕を回して、ぎゅっと抱きつく。
「いいの…帰りたくないから。」
僕はそんな彼女の手を優しく取ると、そっと手を引いて導いた。