song

□Honey
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久しぶりのライブで緊張していたからだろうか、会場裏を歩いていたら、見知らぬ女性にぶつかってしまった。
彼女は突然現れた人影に驚き、俺の顔を見て更に目を丸くさせていた。
無理もない、今日君が会いに来たメンバーの一人なのだから。

「どうしたんだい? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」
彼女は口をぱくぱくさせていたが、俺の言葉を聞いてはっとした。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです! 一緒に来た子とはぐれてしまって……」
どうやら彼女は、友達を探して歩いていたらいつの間にかここにいたらしい。
それで俺に会ってしまうという、あまりの急展開に彼女は驚きを隠せないでいる。

「じゃあ外まで連れて行ってあげるよ」
「い、いいんですか?! でも、本番まであと少しですよね…」
さすがに悪いですよ、と言う彼女は俯き、悲しそうな表情を浮かべた。
「でも今から他の人を探してたら、君も開演に間に合わないよ」
「それは仕方ないですよ。自分で蒔いた種です」
彼女は続ける。
「それに坂本くんにこうして会えたんですから、寧ろ迷い込んで良かったのかもしれません。他のファンの方には申し訳ないですけど」
ふふ、と彼女が笑う。
「それじゃあ、どちらに行けば外に出られるかだけ、教えてもらえますか?」

その時、俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。自分でも何故かはわからない。
彼女は突然のことに先ほどよりも驚き、俺の手と顔を見比べた。
俺も驚いたくらいだから、当然の反応だろう。

「あー、えっと。ここ結構複雑な構造だから、簡単に出られるわけじゃないんだ。だからさ」
連れて行ってあげるから、と言うと、彼女の表情が柔らかくなった。
「それならきっと道を教えてもらっても、私一人じゃ外に出られませんね。よろしくお願いします」
彼女が視線を、腕を掴む俺の手に移したところで、慌てて手を離した。
「じゃ、じゃあ行こうか」
はい! と言う彼女の返事が、会場裏に響いた。


並んで歩きながら、彼女のことをたくさん聞いた。
彼女は見た目通り自分よりもかなり若いにも関わらず、しっかりしているお嬢さんであることがわかった。
まぁ、方向音痴なのは置いといて、だが。

「V6のライブは初めて?」
「はい! まだまだ初心者ですけど、私は6人がほんっとうに大好きなんです」
彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「あ、本人の前で言っちゃった……」
恥ずかしい、と頬に手を当てる彼女。

その瞬間、俺の心が揺れていることに気がついた。
彼女の笑顔が、口元が、全てが俺には眩しかった。
あと少しで出口に着いてしまう。


「あ、ここですね!」
彼女が俺に向き合う。
「わざわざ本当にありがとうございました。おかげで開演に間に合いそうです」
すると彼女は持っていたトートバッグから、「昌行」と書いてある団扇を取り出した。
「坂本くんのこと、もっともっと好きになりました。これからもずっと応援し続けますね」


その団扇の名前を見た瞬間、「あぁ」と思った。

彼女はアイドルの俺を応援してくれている。アイドルの俺を好きでいてくれている。

それ以上を俺が求めるのは、違うのかもしれない。


「そうか、こちらこそありがとう。じゃあ急いで会場入口に行くんだよ」
そこを曲がったらすぐだから、と言うと、彼女はまた頭を下げた。
「はい、ありがとうございます! それではまた、会場で」
あぁ、会場で。彼女に軽く手を振る。
まるでまた本当に会えるかのような、簡単な別れ方だった。

背を向けて歩き出す彼女が見えなくなるまで、彼女を見つめ続けた。
すると角を曲がる直前、彼女が俺の方を振り返った。
「坂本くん!! 急がないと!! 本番間に合わないですよ!!」
慌てて言う彼女が、なんだか面白くて。
「ああ、走ればすぐだよ。俺は方向音痴じゃないからね」
そう笑いながら応えると、彼女は頬を膨らませた。
「もう!! ……でも、そう言われても仕方ないか」
彼女は大きく団扇を振り、歩き出す。
「ライブ中! ずっと坂本くんのこと見てますから〜!」
その言葉に、また俺の心が揺れた。

ダメだ、彼女は大切なファンの一人。これ以上の気持ちを持つのはいけない。
俺はアイドルなんだから。

ありがとう! と俺が言うと、彼女がついに向こう側へ消えていった。
彼女とはもう、これっきりだろう。

自分の胸が痛んでいることに、気付かないフリをした。
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